猜疑心
過去記事「ステンドグラス」の続きです。
薄暗い室内に、ステンドグラスの色とりどりの光が、ボンヤリと浮かび上がっています。
D「青い薔薇の果実を食べておくれ」
そう囁いたDの表情は前髪で目が隠されていて、何を考えているのか窺い知れません。青い薔薇とは、以前Dが見せてくれた、静謐の楽園の中央に生えているという木です。(詳細は過去記事「青い薔薇」参照)
私「いや、でも・・・Dは、その果実は食べちゃダメって言ってたじゃない」
D「とっても甘くて美味しいんだよ」
私は眉をひそめました。Dは私の耳元に口を寄せました。
D「・・・可愛いさゆ、僕の眠り姫」
甘い声が耳をくすぐります。Dの両腕が、そっと私の体を抱きしめました。心地良い圧迫感と、温かい体温が伝わってきます。
D「さゆは、僕のことが好きだね」
私「・・・うん。大好きだよ」
耳元に、くすっと笑った息を感じました。
D「さゆは、僕のことを信じるね」
私は黙り込みました。Dのことは信じています。でも、何を考えているのかわからないときがあるし、Dは人間の感性や感情を持っていないから、親切心のつもりで突拍子も無いことをしたりするし・・・
私「・・・Dのことは信じてるよ」
Dが嬉しそうに、頬をすり寄せてきました。
私「でも、教えて。天秤と青い薔薇は、何の関係があるの?」
天秤の話をしていたのに、どうして急に青い薔薇の話を始めるの?何か関係があるのかな。両方ともDが語りたがらないものだよね。
D「その二つは、何の関係も無いよ」
私「じゃあ、どうして急に青い薔薇の話をしだしたの?」
単に話題をそらすためだったとか?
D「君があの果実を食べてくれたら、天秤のことを教えても大丈夫だろうと思ったのさ」
少し体を離して私の顔をのぞきこんだDが、口元に笑みをうかべました。
私「よくわからないけど、気を使ってくれなくても、私はDから何を話されても大丈夫だよ」
Dは口元に笑みをうかべたまま、首をかしげました。
私「・・・・・・」
・・・Dに、これを言うべきか、やめるべきか。
私は、あの天秤について推測して、ある仮説を立てています。今までの半年間、Dが秘密にしていることは沢山あるけど、私に対して触ることを禁じているものは二つだけです。それがあの天秤と、他の精霊(他のタルパ等)です。(詳細は過去記事「お風呂」「天秤(2)」参照)
Dはあの天秤のことを、触れる価値は無いし、気にかける価値は無いって言ってたよね。(詳細は過去記事「天秤(2)」参照)それと同じ言葉、以前にも聞いたことあるんだよ。お母さんの命日に、Dは同じ言葉を言ってたの。私の前に現れたキラキラした綺麗なモヤ・・・あの精霊の話題を私が出したときに。(詳細は過去記事「お母さん」参照)
すごく似てるんだよね。あのキラキラしたモヤの雰囲気と、Dの持っている天秤の雰囲気。キラキラしていて綺麗で、少女趣味というか女性的で。(詳細は過去記事「怪談」参照)
・・・あの天秤、あのキラキラしたモヤと関係があるんじゃないの?
あのモヤのことを、Dは私に嘘をついてまで隠そうとしていたよね。一体あのモヤ、本当は何だったの?
もし、私のこの仮説が正しいなら、Dは私に嘘をつき続けていることになる。これが、私がDを完全には信用できない理由なんだよ。
D「そうかい?僕は、随分と信用されているようだね」
タルパとしてはありえない、タルパーと脳内会話ができないDは、私の頭の中で考えられている内容を全く知らず、嬉しそうに私の髪を撫でています。
D「尚更、あの果実を食べてほしいよ」
嬉しそうに囁いたDは、私の髪に口元をうずめて、うっとりと深呼吸をしました。
私「・・・食べると、Dにとっては嬉しいことが起きるのね?」
Dは、本当に気づいてないの?私が天秤について仮説を立てたことや、その結果、私がDを疑っているということを。
私「Dが喜んでくれたら私も嬉しいから、だから・・・」
あのキラキラした綺麗なモヤは、私が無意識に作ってしまったお母さんの姿をしたタルパなんでしょ?そう尋ねたとき、Dは驚いてから笑ってたよね。(詳細は過去記事「お母さん」参照)あの反応、おかしいと思ってたんだよ、あのとき既に。でもDを疑うのは嫌だった。
ねえ、D。あのモヤ・・・本当は、お母さんの姿をしたタルパなどではなかったんじゃないの?あのときDが笑ったのは、私がDにとって都合良く間違ったことを言ったから、面白くて・・・うまくごまかせた、そう思って笑ったんじゃないの?
私「・・・あの青い薔薇の果実、食べてみようかな」
確かめたい。真実を知りたい。そのためにはこう言っておかないと。あの果実を差し出されたとき、食べたフリでもしてしまえば、Dは気づかずに天秤について話してくれるだろう。
D「本当かい?」
今までに無かったくらいすごく嬉しそうに、ぱっと表情を輝かせて、Dが私を抱きしめました。
D「さゆ、僕の眠り姫。ありがとう。嬉しいよ。ああ、なんて・・・」
深く、うっとりと溜息をついて、Dが小さく呟きました。
D「・・・これで、永遠に・・・」
永遠に一緒?それとも、永遠に・・・何?
D「あの花が果実になるのが待ち遠しいよ。早くなるといいね」
ぎゅうっと抱きしめてくるDの背中を、私も、そっと抱きしめ返しました。心の中に抱いている猜疑心を、Dに気づかれないように、慎重に。
薄暗い室内に、ステンドグラスの色とりどりの光が、ボンヤリと浮かび上がっています。
D「青い薔薇の果実を食べておくれ」
そう囁いたDの表情は前髪で目が隠されていて、何を考えているのか窺い知れません。青い薔薇とは、以前Dが見せてくれた、静謐の楽園の中央に生えているという木です。(詳細は過去記事「青い薔薇」参照)
私「いや、でも・・・Dは、その果実は食べちゃダメって言ってたじゃない」
D「とっても甘くて美味しいんだよ」
私は眉をひそめました。Dは私の耳元に口を寄せました。
D「・・・可愛いさゆ、僕の眠り姫」
甘い声が耳をくすぐります。Dの両腕が、そっと私の体を抱きしめました。心地良い圧迫感と、温かい体温が伝わってきます。
D「さゆは、僕のことが好きだね」
私「・・・うん。大好きだよ」
耳元に、くすっと笑った息を感じました。
D「さゆは、僕のことを信じるね」
私は黙り込みました。Dのことは信じています。でも、何を考えているのかわからないときがあるし、Dは人間の感性や感情を持っていないから、親切心のつもりで突拍子も無いことをしたりするし・・・
私「・・・Dのことは信じてるよ」
Dが嬉しそうに、頬をすり寄せてきました。
私「でも、教えて。天秤と青い薔薇は、何の関係があるの?」
天秤の話をしていたのに、どうして急に青い薔薇の話を始めるの?何か関係があるのかな。両方ともDが語りたがらないものだよね。
D「その二つは、何の関係も無いよ」
私「じゃあ、どうして急に青い薔薇の話をしだしたの?」
単に話題をそらすためだったとか?
D「君があの果実を食べてくれたら、天秤のことを教えても大丈夫だろうと思ったのさ」
少し体を離して私の顔をのぞきこんだDが、口元に笑みをうかべました。
私「よくわからないけど、気を使ってくれなくても、私はDから何を話されても大丈夫だよ」
Dは口元に笑みをうかべたまま、首をかしげました。
私「・・・・・・」
・・・Dに、これを言うべきか、やめるべきか。
私は、あの天秤について推測して、ある仮説を立てています。今までの半年間、Dが秘密にしていることは沢山あるけど、私に対して触ることを禁じているものは二つだけです。それがあの天秤と、他の精霊(他のタルパ等)です。(詳細は過去記事「お風呂」「天秤(2)」参照)
Dはあの天秤のことを、触れる価値は無いし、気にかける価値は無いって言ってたよね。(詳細は過去記事「天秤(2)」参照)それと同じ言葉、以前にも聞いたことあるんだよ。お母さんの命日に、Dは同じ言葉を言ってたの。私の前に現れたキラキラした綺麗なモヤ・・・あの精霊の話題を私が出したときに。(詳細は過去記事「お母さん」参照)
すごく似てるんだよね。あのキラキラしたモヤの雰囲気と、Dの持っている天秤の雰囲気。キラキラしていて綺麗で、少女趣味というか女性的で。(詳細は過去記事「怪談」参照)
・・・あの天秤、あのキラキラしたモヤと関係があるんじゃないの?
あのモヤのことを、Dは私に嘘をついてまで隠そうとしていたよね。一体あのモヤ、本当は何だったの?
もし、私のこの仮説が正しいなら、Dは私に嘘をつき続けていることになる。これが、私がDを完全には信用できない理由なんだよ。
D「そうかい?僕は、随分と信用されているようだね」
タルパとしてはありえない、タルパーと脳内会話ができないDは、私の頭の中で考えられている内容を全く知らず、嬉しそうに私の髪を撫でています。
D「尚更、あの果実を食べてほしいよ」
嬉しそうに囁いたDは、私の髪に口元をうずめて、うっとりと深呼吸をしました。
私「・・・食べると、Dにとっては嬉しいことが起きるのね?」
Dは、本当に気づいてないの?私が天秤について仮説を立てたことや、その結果、私がDを疑っているということを。
私「Dが喜んでくれたら私も嬉しいから、だから・・・」
あのキラキラした綺麗なモヤは、私が無意識に作ってしまったお母さんの姿をしたタルパなんでしょ?そう尋ねたとき、Dは驚いてから笑ってたよね。(詳細は過去記事「お母さん」参照)あの反応、おかしいと思ってたんだよ、あのとき既に。でもDを疑うのは嫌だった。
ねえ、D。あのモヤ・・・本当は、お母さんの姿をしたタルパなどではなかったんじゃないの?あのときDが笑ったのは、私がDにとって都合良く間違ったことを言ったから、面白くて・・・うまくごまかせた、そう思って笑ったんじゃないの?
私「・・・あの青い薔薇の果実、食べてみようかな」
確かめたい。真実を知りたい。そのためにはこう言っておかないと。あの果実を差し出されたとき、食べたフリでもしてしまえば、Dは気づかずに天秤について話してくれるだろう。
D「本当かい?」
今までに無かったくらいすごく嬉しそうに、ぱっと表情を輝かせて、Dが私を抱きしめました。
D「さゆ、僕の眠り姫。ありがとう。嬉しいよ。ああ、なんて・・・」
深く、うっとりと溜息をついて、Dが小さく呟きました。
D「・・・これで、永遠に・・・」
永遠に一緒?それとも、永遠に・・・何?
D「あの花が果実になるのが待ち遠しいよ。早くなるといいね」
ぎゅうっと抱きしめてくるDの背中を、私も、そっと抱きしめ返しました。心の中に抱いている猜疑心を、Dに気づかれないように、慎重に。
ステンドグラス
ステンドグラスを透き通った色付きの光が、白い床に色とりどりの影を落とし、美しい模様を描いています。赤・オレンジ・黄・緑・青・紫。ロココ風のソファに腰掛けている私は、感嘆のため息をつきました。ここはステンドグラスが一番綺麗に見える場所なのです。
私「綺麗だな・・・」
すぐ傍に立っているDが、私のほうを振り向きました。
D「さゆは、ステンドグラスが好きなんだね」
私「うん」
とっても幻想的なんだもん。薄暗い部屋の中にステンドグラスから差し込む光は、現実離れした空間を作り出してくれるんだ。いっそ閉じ込められて永遠に眠りたくなるような、現実世界ではあり得ない楽園の、そのひとかけらのような・・・
私「この世のものでない美しさ、を連想させるというか・・・」
フランスのゴシック建築の、ノートルダム大聖堂の中に入って、あの巨大なステンドグラスを見ることが出来たなら、何度も写真で見たあの薔薇窓を見ることが出来たなら、どんな気分になるんだろうか。その場で死んでもいいような気分になるほど幻想的で美しいんだろうか。静謐の楽園のように。
D「・・・この世のものでない美しさをご所望かい?」
私の耳元で、Dが甘くささやきました。
私「Dの見せてくれる楽園や、D自身がそうだよね」
現実世界ではあり得ない幻想的な存在だよ。
D「僕にとって最も美しいものはさゆだよ」
Dは私の手をとり、お辞儀をするように身をかがめて、手の甲に口づけをくれました。
私「あ・・・」
唇を離したDの後ろに、見たことの無い大きな扉が現れました。アンティークの荘厳な両開きの扉です。
D「見せてあげるよ。この世のものでない場所をね。君の王国の、城の中だよ」
扉に向かって、Dが何かを右手でかかげました。すると、それまで固く閉まっていた扉がゆっくりと開きはじめました。
私「えっ」
完全に開いたときに扉は消えて、巨大なステンドグラスの薔薇窓がある広い空間が姿を現しました。
私「ええ!?」
さっきDが言った王国の城って、静謐の楽園にいるときに、いつも遠くに見えるお城のことだよね。あのゴシック建築のお城の中がこれなのかな。多分そういうことだよね。きょろきょろとあたりを見回すと、伯母さんと一緒にフランス旅行に行ったお友達が撮影してきた、大聖堂の中に似ています。
でも、かなり透けています。現実の部屋がはっきりと見えています。きっと以前と同じように、私に負担を掛けないように、幻視がハッキリと見えすぎないようにDが調整してくれているのです。
D「・・・今日はここまでだね」
私「?」
Dが右手に持っている何かが、ジャラッと冷たい金属音を立てると、一気に幻視が消えて、元通りの部屋に戻りました。
私「ありがとう。すごく綺麗だったよ」
D「お気に召したなら何よりだよ」
私「あの、ところで、それ何?」
私がDの持っている何かを指差すと、Dは私にそれを差し出しました。両手で受け取ってみると、鍵の束です。
私「鍵・・・」
沢山の鍵がまとめられた束です。全ての鍵が違うデザインをしています。でも、全てがアンティークな雰囲気です。この落ち着いた雰囲気のデザイン、Dの好みっぽいよね。
・・・あれ?
なんか天秤のときと違うね。Dが持っているあの天秤、私に絶対に触らせないように、Dはすごい気を使っていたのに、この鍵は簡単に私に手渡していいの?なんか、デザインだって天秤のときと違うよ。あの天秤はキラキラしていて少女趣味で、全然Dの趣味じゃなかったよね。でも、この鍵はすごくDの趣味だよ。(詳細は過去記事「天秤」「天秤2」参照)
私「・・・天秤も、見せてもらっていい?」
Dは沈黙したまま、ゆっくり首をかしげました。いつも通りの口元の笑みは少しも変わりません。
私「ねえ、あの天秤に興味があるの。手にとって色々見てみたいの」
Dが優しく私の髪を撫でました。
D「・・・あんなものに触るくらいなら、僕に触ればいいんだよ」
そっと口づけようとしてくるDの体に、私は両腕をつっぱって距離を取り、Dの顔をじっと見つめました。
私「ね、ねえ、どうして?」
いつの間にか日が暮れて、薄暗くなっています。電気を点けていない室内は外より暗くなり、暗く黒っぽく見える壁に、ステンドグラスの色だけが浮かび上がっています。Dの口元の笑みが深くなりました。
D「・・・君に要求する内容を決めたよ。青い薔薇の果実を食べておくれ」
私「綺麗だな・・・」
すぐ傍に立っているDが、私のほうを振り向きました。
D「さゆは、ステンドグラスが好きなんだね」
私「うん」
とっても幻想的なんだもん。薄暗い部屋の中にステンドグラスから差し込む光は、現実離れした空間を作り出してくれるんだ。いっそ閉じ込められて永遠に眠りたくなるような、現実世界ではあり得ない楽園の、そのひとかけらのような・・・
私「この世のものでない美しさ、を連想させるというか・・・」
フランスのゴシック建築の、ノートルダム大聖堂の中に入って、あの巨大なステンドグラスを見ることが出来たなら、何度も写真で見たあの薔薇窓を見ることが出来たなら、どんな気分になるんだろうか。その場で死んでもいいような気分になるほど幻想的で美しいんだろうか。静謐の楽園のように。
D「・・・この世のものでない美しさをご所望かい?」
私の耳元で、Dが甘くささやきました。
私「Dの見せてくれる楽園や、D自身がそうだよね」
現実世界ではあり得ない幻想的な存在だよ。
D「僕にとって最も美しいものはさゆだよ」
Dは私の手をとり、お辞儀をするように身をかがめて、手の甲に口づけをくれました。
私「あ・・・」
唇を離したDの後ろに、見たことの無い大きな扉が現れました。アンティークの荘厳な両開きの扉です。
D「見せてあげるよ。この世のものでない場所をね。君の王国の、城の中だよ」
扉に向かって、Dが何かを右手でかかげました。すると、それまで固く閉まっていた扉がゆっくりと開きはじめました。
私「えっ」
完全に開いたときに扉は消えて、巨大なステンドグラスの薔薇窓がある広い空間が姿を現しました。
私「ええ!?」
さっきDが言った王国の城って、静謐の楽園にいるときに、いつも遠くに見えるお城のことだよね。あのゴシック建築のお城の中がこれなのかな。多分そういうことだよね。きょろきょろとあたりを見回すと、伯母さんと一緒にフランス旅行に行ったお友達が撮影してきた、大聖堂の中に似ています。
でも、かなり透けています。現実の部屋がはっきりと見えています。きっと以前と同じように、私に負担を掛けないように、幻視がハッキリと見えすぎないようにDが調整してくれているのです。
D「・・・今日はここまでだね」
私「?」
Dが右手に持っている何かが、ジャラッと冷たい金属音を立てると、一気に幻視が消えて、元通りの部屋に戻りました。
私「ありがとう。すごく綺麗だったよ」
D「お気に召したなら何よりだよ」
私「あの、ところで、それ何?」
私がDの持っている何かを指差すと、Dは私にそれを差し出しました。両手で受け取ってみると、鍵の束です。
私「鍵・・・」
沢山の鍵がまとめられた束です。全ての鍵が違うデザインをしています。でも、全てがアンティークな雰囲気です。この落ち着いた雰囲気のデザイン、Dの好みっぽいよね。
・・・あれ?
なんか天秤のときと違うね。Dが持っているあの天秤、私に絶対に触らせないように、Dはすごい気を使っていたのに、この鍵は簡単に私に手渡していいの?なんか、デザインだって天秤のときと違うよ。あの天秤はキラキラしていて少女趣味で、全然Dの趣味じゃなかったよね。でも、この鍵はすごくDの趣味だよ。(詳細は過去記事「天秤」「天秤2」参照)
私「・・・天秤も、見せてもらっていい?」
Dは沈黙したまま、ゆっくり首をかしげました。いつも通りの口元の笑みは少しも変わりません。
私「ねえ、あの天秤に興味があるの。手にとって色々見てみたいの」
Dが優しく私の髪を撫でました。
D「・・・あんなものに触るくらいなら、僕に触ればいいんだよ」
そっと口づけようとしてくるDの体に、私は両腕をつっぱって距離を取り、Dの顔をじっと見つめました。
私「ね、ねえ、どうして?」
いつの間にか日が暮れて、薄暗くなっています。電気を点けていない室内は外より暗くなり、暗く黒っぽく見える壁に、ステンドグラスの色だけが浮かび上がっています。Dの口元の笑みが深くなりました。
D「・・・君に要求する内容を決めたよ。青い薔薇の果実を食べておくれ」
天秤(2)
連休が始まった初日の夜、ベッドに入った後のことです。明かりは、カーテンを透けて入り込む外灯の、ボンヤリとした光しかありません。薄暗闇の中、毎日の日課である就寝前の触覚の訓練(詳細は過去記事「触感」参照)も終わったので、私はめくり上げていたパジャマの袖をもとに戻しました。
D「おやすみ、良い夢を」
おやすみのキスをくれたDが、自分の足元から何かを拾い上げました。薄暗闇の中で、その何かはきらっと光りました。
私(・・・?)
取り出した何かを、Dは私のほうに向けました。天秤です。以前にもDが使っていた、あの天秤です。(詳細は過去記事「天秤」参照)
私「ねえ、D」
私が話しかけると、Dは笑みを浮かべた口の前で人差指を立てました。静かにという意味のジェスチャーです。
Dが真剣な顔で見ている天秤は、あのときのように、何も器に乗っていないのにゆっくりと傾きだして、黒い器のほうに少しだけ下がった状態で止まりました。前と同じような下がり具合です。いや、前のほうが今より下がってたかも。
D「・・・まあ、いいさ」
私「?」
Dは小さく呟いて、天秤を自分の足元の闇に沈めました。周囲も暗いからわかりにくいけど、きっと前と同じように自分の影の中に天秤をしまったんだね。
それから毎日毎日、就寝前の触覚の訓練が終わった後で、Dは天秤を取り出して何かをはかるようになりました。
天秤がいつもと違う動きを見せたのは、先輩の結婚式に着ていくドレスを決めようとして、一人でファッションショーをしていた日(詳細は過去記事「結婚式」参照)の、夜のことです。
いつものようにDが私に向けてかざした天秤は、いつもとは逆の方向に傾きだしました。
D「おや」
天秤は、白い器のほうにゆっくりと傾いて、ほんの少しだけ下がった状態で止まったのです。Dの笑みが濃くなりました。
私「ねえD、その天秤って何をはかってるの?」
前にDが天秤を取り出して何かをはかっていたときは、私が体調を壊したときだったから、この天秤は私の健康状態をはかるものかと思っていたんだけど・・・だったら今日急に天秤が反対側に傾くっておかしいよね?体調、全然変わらないもん。
一体この天秤、何をはかってるんだろう?
D「こんな天秤のことなど、さゆが気にする必要は無いよ」
以前この天秤について尋ねてみたときも、教えてもらえずに、はぐらかされたんだよね。
私「でも、なんか気になるよ」
天秤はガラスで出来ているかのように、透明でキラキラしていて綺麗です。細かい彫刻がなされているせいで、余計にきらきらとしているのです。私は、そっと手をのばしてみました。
D「いけないよ」
でもDは、私の手に天秤が触れないように避けて、自分の影の中に天秤を沈めてしまいました。
私「あっ・・・」
D「あんな天秤など、さゆが触れる価値は無いよ。さゆが気にかける価値すら無いさ」
でも、連休が始まってから、Dは毎日天秤を私にかざしているよ。それって、すごく気になるんだけどな。むしろそれだけ天秤を出しておいて、気にするなって言われても難しいよ。
私「ちょっとだけなら、触ってもいいでしょ?」
D「あんなものに触るくらいなら、僕を触ればいいよ。ほら、好きなだけ触って良いんだよ」
私「でも、気になるんだけど・・・」
D「僕のほうが触り心地も良いし、温かいよ?さゆは、寒いのが苦手だろう?あの天秤は冷たいよ。なにしろ生きてないからね」
そりゃ天秤が生きてたらビックリだけど、ていうか、Dこそ生きてるのかな。みずから天秤と自分を比較してみせるくらいだから、D的には自分は生きていると思っている、ということだよね。
私「前も天秤については何も教えてくれなかったけど、今回も何も教えてくれないの?」
D「・・・・・・」
Dは口元に笑みを浮かべて沈黙したまま、私の髪を撫で始めました。
私「Dが話したくないなら、無理には尋ねないけど」
D「・・・・・・」
Dは首をかしげて、何か考えているようです。話そうかどうしようか迷ってるのかな。かわいそうなことしちゃったかな。
私「わかった、話さなくていいよ。あの綺麗な天秤、きっとDの大切なものなんだね」
細かいガラス細工で出来ていて、きらきら光って可愛くて。少女趣味というか、メルヘンチックなんだよね。全然Dの趣味じゃないよね。Dはクラシックなものが好きだけど、もっと落ち着いた荘厳な感じの装飾が好みだもんね。あの天秤は、Dの趣味というよりは、むしろ私の趣味に近いと思うんだ。すると、あの天秤は私が無意識に作っちゃったものということかな。でも、作った本人の私が何も知らないって、不便だなあ・・・
D「・・・綺麗?」
小さく呟いたDは、首を振りました。
D「あんなもの。綺麗なのは、さゆだよ。でも、やはり、さゆは綺麗なものが好きなんだね。もし僕が綺麗だったら、さゆはもっと僕を気に入ったかもしれないね・・・」
えっ、綺麗なD? 綺麗なジャイア○みたいな、綺麗なD?
私「それはちょっと、だいぶ、イメージ違う。Dはそのままが一番だよ」
そもそも、Dは綺麗だと思うけどな。今のDの人間の姿は、私のイメージに合わせて作ってくれている姿だけど、髪はサラサラだし、鼻も口も私が選んだモデルさんそのものだから、すごい整ってるじゃない。指だってすらっとして綺麗だよ。
私「何かDを不安にさせちゃったのかなあ。ごめんね。でも私はDが『大好き』だし、『特別』だし、一番だよ」
Dは私の顔をじっと見ていましたが、やがて納得したようにこくりとうなずきました。
D「僕も、さゆが大好きだし、特別だし、一番だよ」
次の日も、その次の日も、Dは毎日天秤をかざし続けました。天秤は、ずっと白い器のほうに傾いたままです。Dはその様子を見ては、嬉しそうに笑みを濃くするのです。
私(ホント何なのあの天秤!?何をはかってるの!?すっごい気になるんだけど!!)
でも、Dには話さなくていいよって言った手前、もう尋ねられないなあ。
私「嬉しそうだね」
私は、白い器が下がった天秤を見て嬉しそうにしているDに、話しかけてみました。
D「嬉しいよ」
Dは素直にうなずいて、天秤をぱっと手から離しました。
私「落ち、壊れっ・・・」
高い音を立てて、天秤が床にぶつかりました。ガラスみたいな繊細なつくりをしているから、床に当たって割れてしまったのではないかと思いましたが、どうやら平気なようです。ほっと胸を撫で下ろした私に、Dが口づけてきました。
D「さゆ」
明らかに、本気で行為を始めようとしているDの服を引っ張りながら、私は天秤のほうを見ました。
私「ね、ねえ天秤は?床に放りっぱなしでいいの?大切なものなんでしょ?」
D「こんなときに、他の」
焦れたように言ったDは、突然言葉を切って、くすくす笑いました。
D「・・・ひどいよさゆ。こういうときくらい、僕のことだけ考えておくれよ」
かわいく首をかしげて、甘い声でそんなこと言っても、駄目・・・なわけないよお・・・Dのこと好きなんだもん・・・うう・・・恥ずかし・・・!!
D「おやすみ、良い夢を」
おやすみのキスをくれたDが、自分の足元から何かを拾い上げました。薄暗闇の中で、その何かはきらっと光りました。
私(・・・?)
取り出した何かを、Dは私のほうに向けました。天秤です。以前にもDが使っていた、あの天秤です。(詳細は過去記事「天秤」参照)
私「ねえ、D」
私が話しかけると、Dは笑みを浮かべた口の前で人差指を立てました。静かにという意味のジェスチャーです。
Dが真剣な顔で見ている天秤は、あのときのように、何も器に乗っていないのにゆっくりと傾きだして、黒い器のほうに少しだけ下がった状態で止まりました。前と同じような下がり具合です。いや、前のほうが今より下がってたかも。
D「・・・まあ、いいさ」
私「?」
Dは小さく呟いて、天秤を自分の足元の闇に沈めました。周囲も暗いからわかりにくいけど、きっと前と同じように自分の影の中に天秤をしまったんだね。
それから毎日毎日、就寝前の触覚の訓練が終わった後で、Dは天秤を取り出して何かをはかるようになりました。
天秤がいつもと違う動きを見せたのは、先輩の結婚式に着ていくドレスを決めようとして、一人でファッションショーをしていた日(詳細は過去記事「結婚式」参照)の、夜のことです。
いつものようにDが私に向けてかざした天秤は、いつもとは逆の方向に傾きだしました。
D「おや」
天秤は、白い器のほうにゆっくりと傾いて、ほんの少しだけ下がった状態で止まったのです。Dの笑みが濃くなりました。
私「ねえD、その天秤って何をはかってるの?」
前にDが天秤を取り出して何かをはかっていたときは、私が体調を壊したときだったから、この天秤は私の健康状態をはかるものかと思っていたんだけど・・・だったら今日急に天秤が反対側に傾くっておかしいよね?体調、全然変わらないもん。
一体この天秤、何をはかってるんだろう?
D「こんな天秤のことなど、さゆが気にする必要は無いよ」
以前この天秤について尋ねてみたときも、教えてもらえずに、はぐらかされたんだよね。
私「でも、なんか気になるよ」
天秤はガラスで出来ているかのように、透明でキラキラしていて綺麗です。細かい彫刻がなされているせいで、余計にきらきらとしているのです。私は、そっと手をのばしてみました。
D「いけないよ」
でもDは、私の手に天秤が触れないように避けて、自分の影の中に天秤を沈めてしまいました。
私「あっ・・・」
D「あんな天秤など、さゆが触れる価値は無いよ。さゆが気にかける価値すら無いさ」
でも、連休が始まってから、Dは毎日天秤を私にかざしているよ。それって、すごく気になるんだけどな。むしろそれだけ天秤を出しておいて、気にするなって言われても難しいよ。
私「ちょっとだけなら、触ってもいいでしょ?」
D「あんなものに触るくらいなら、僕を触ればいいよ。ほら、好きなだけ触って良いんだよ」
私「でも、気になるんだけど・・・」
D「僕のほうが触り心地も良いし、温かいよ?さゆは、寒いのが苦手だろう?あの天秤は冷たいよ。なにしろ生きてないからね」
そりゃ天秤が生きてたらビックリだけど、ていうか、Dこそ生きてるのかな。みずから天秤と自分を比較してみせるくらいだから、D的には自分は生きていると思っている、ということだよね。
私「前も天秤については何も教えてくれなかったけど、今回も何も教えてくれないの?」
D「・・・・・・」
Dは口元に笑みを浮かべて沈黙したまま、私の髪を撫で始めました。
私「Dが話したくないなら、無理には尋ねないけど」
D「・・・・・・」
Dは首をかしげて、何か考えているようです。話そうかどうしようか迷ってるのかな。かわいそうなことしちゃったかな。
私「わかった、話さなくていいよ。あの綺麗な天秤、きっとDの大切なものなんだね」
細かいガラス細工で出来ていて、きらきら光って可愛くて。少女趣味というか、メルヘンチックなんだよね。全然Dの趣味じゃないよね。Dはクラシックなものが好きだけど、もっと落ち着いた荘厳な感じの装飾が好みだもんね。あの天秤は、Dの趣味というよりは、むしろ私の趣味に近いと思うんだ。すると、あの天秤は私が無意識に作っちゃったものということかな。でも、作った本人の私が何も知らないって、不便だなあ・・・
D「・・・綺麗?」
小さく呟いたDは、首を振りました。
D「あんなもの。綺麗なのは、さゆだよ。でも、やはり、さゆは綺麗なものが好きなんだね。もし僕が綺麗だったら、さゆはもっと僕を気に入ったかもしれないね・・・」
えっ、綺麗なD? 綺麗なジャイア○みたいな、綺麗なD?
私「それはちょっと、だいぶ、イメージ違う。Dはそのままが一番だよ」
そもそも、Dは綺麗だと思うけどな。今のDの人間の姿は、私のイメージに合わせて作ってくれている姿だけど、髪はサラサラだし、鼻も口も私が選んだモデルさんそのものだから、すごい整ってるじゃない。指だってすらっとして綺麗だよ。
私「何かDを不安にさせちゃったのかなあ。ごめんね。でも私はDが『大好き』だし、『特別』だし、一番だよ」
Dは私の顔をじっと見ていましたが、やがて納得したようにこくりとうなずきました。
D「僕も、さゆが大好きだし、特別だし、一番だよ」
次の日も、その次の日も、Dは毎日天秤をかざし続けました。天秤は、ずっと白い器のほうに傾いたままです。Dはその様子を見ては、嬉しそうに笑みを濃くするのです。
私(ホント何なのあの天秤!?何をはかってるの!?すっごい気になるんだけど!!)
でも、Dには話さなくていいよって言った手前、もう尋ねられないなあ。
私「嬉しそうだね」
私は、白い器が下がった天秤を見て嬉しそうにしているDに、話しかけてみました。
D「嬉しいよ」
Dは素直にうなずいて、天秤をぱっと手から離しました。
私「落ち、壊れっ・・・」
高い音を立てて、天秤が床にぶつかりました。ガラスみたいな繊細なつくりをしているから、床に当たって割れてしまったのではないかと思いましたが、どうやら平気なようです。ほっと胸を撫で下ろした私に、Dが口づけてきました。
D「さゆ」
明らかに、本気で行為を始めようとしているDの服を引っ張りながら、私は天秤のほうを見ました。
私「ね、ねえ天秤は?床に放りっぱなしでいいの?大切なものなんでしょ?」
D「こんなときに、他の」
焦れたように言ったDは、突然言葉を切って、くすくす笑いました。
D「・・・ひどいよさゆ。こういうときくらい、僕のことだけ考えておくれよ」
かわいく首をかしげて、甘い声でそんなこと言っても、駄目・・・なわけないよお・・・Dのこと好きなんだもん・・・うう・・・恥ずかし・・・!!
天秤
昨日のことです。
休日だったので、午前中にお花とシャンプーとコンディショナーとバスマジック○ンを買いに行き、友達へのクリスマスプレゼントを見て歩いて、お昼過ぎに帰ってきて遅めの昼食を摂りました。その食器を片付けた後で、なんとなく体がだるくなりました。
私(なんか、頭がボーッとするな・・・)
疲れているのか、なんか頭がボーッとする気がして、私はおでこに手を当てました。熱は無さそうだけど、一応計ろうかな。
D「さゆ、どうしたんだい?」
私の様子を見たDが、心配そうに言いました。
私「なんか頭がボーッとするというか、だるいというか。風邪かもしれないなあ。明日も休みで良かった・・・D、私少し横になるね」
私は体温計をタンスから出して脇にはさみ、ベッドに横になりました。
私(これから忙しくなる季節なのに、まずいなあ・・・連休中に治さなきゃ)
D「さゆ」
Dは私のベッド脇の床の上に座り、心配そうに私の頬に手を当てました。
私(なんか、いつもよりDの感触が薄い気がする・・・私の体調不良のせいかな・・・)
頬を優しく触られても、指をからめるように手を握られても、いつもよりDの感触が薄い気がするのです。Dにもそれがわかったようで、はっとしたように私の顔を見ました。
Dは私から手を離して、私からはベッドで見えない場所のDの足元から何かを拾い上げました。Dがそれを私の前にかざしたので、それの正体がわかりました。天秤です。
アンティークな形をした天秤は、華奢な支柱の部分がガラスでできているように透明で、細かく彫られたガラス細工がきらきらと綺麗です。全体的に透明できらきら美しいのですが、皿にだけ色がついていて、右の皿が黒、左の皿が白をしています。
なんだろう、この天秤・・・きらきらしていて少女趣味で、全然Dの趣味じゃなさそう・・・私が勝手に作っちゃったのかな・・・
Dは真剣な顔で、じっと天秤を見詰めています。すると天秤は皿に何も乗せていないのに、黒い皿のほうが下に傾き出し、ほんの少し下がったところで止まりました。
Dがほっとしたように溜息をつき、天秤を下げました。どこに天秤をしまうのか気になって見ていると、Dは自分の影の中に、まるで水に沈めるように天秤を入れました。
あれ・・・Dに影なんて、あった・・・?
D「体が疲れているだけのようだね。ゆっくり休むといいよ」
Dは私の手を優しく撫で、私の手を握るように自分の手を重ねました。やはり、いつもより感触がありません。
体温計が鳴り、取り出してみましたが、熱はありません。風邪ではなさそうです。やっぱり疲れてたのかな。ここのところ忙しかったから。
私「D、今の天秤って何?」
Dは、無言で口元に笑みを浮かべました。
私「ねえ・・・」
開きかけた私の口に、Dが口づけをしてきました。口の中に濡れた舌が動く感触を残して、唇をペロリと舐めてからDは離れていきました。
D「さあ、お喋りはやめて、おとなしくお休み」
私「その天秤・・・」
D「口を開けると、隙を狙ってもう一度するよ」
私「・・・・・・」
D「いいこだね」
明らかに、Dは天秤についての詳細を隠しているようです。私は溜息をつきました。
私「・・・Dは、私に秘密にしていることが多そうだね」
D「さゆのためだよ」
Dは口元に笑みを浮かべたまま、静かに答えました。
私「教えてくれないの?」
D「いずれ時がきたら教えてあげるよ。さあ、もう静かに休むんだよ。今の君の体には休息が必要だからね」
休日だったので、午前中にお花とシャンプーとコンディショナーとバスマジック○ンを買いに行き、友達へのクリスマスプレゼントを見て歩いて、お昼過ぎに帰ってきて遅めの昼食を摂りました。その食器を片付けた後で、なんとなく体がだるくなりました。
私(なんか、頭がボーッとするな・・・)
疲れているのか、なんか頭がボーッとする気がして、私はおでこに手を当てました。熱は無さそうだけど、一応計ろうかな。
D「さゆ、どうしたんだい?」
私の様子を見たDが、心配そうに言いました。
私「なんか頭がボーッとするというか、だるいというか。風邪かもしれないなあ。明日も休みで良かった・・・D、私少し横になるね」
私は体温計をタンスから出して脇にはさみ、ベッドに横になりました。
私(これから忙しくなる季節なのに、まずいなあ・・・連休中に治さなきゃ)
D「さゆ」
Dは私のベッド脇の床の上に座り、心配そうに私の頬に手を当てました。
私(なんか、いつもよりDの感触が薄い気がする・・・私の体調不良のせいかな・・・)
頬を優しく触られても、指をからめるように手を握られても、いつもよりDの感触が薄い気がするのです。Dにもそれがわかったようで、はっとしたように私の顔を見ました。
Dは私から手を離して、私からはベッドで見えない場所のDの足元から何かを拾い上げました。Dがそれを私の前にかざしたので、それの正体がわかりました。天秤です。
アンティークな形をした天秤は、華奢な支柱の部分がガラスでできているように透明で、細かく彫られたガラス細工がきらきらと綺麗です。全体的に透明できらきら美しいのですが、皿にだけ色がついていて、右の皿が黒、左の皿が白をしています。
なんだろう、この天秤・・・きらきらしていて少女趣味で、全然Dの趣味じゃなさそう・・・私が勝手に作っちゃったのかな・・・
Dは真剣な顔で、じっと天秤を見詰めています。すると天秤は皿に何も乗せていないのに、黒い皿のほうが下に傾き出し、ほんの少し下がったところで止まりました。
Dがほっとしたように溜息をつき、天秤を下げました。どこに天秤をしまうのか気になって見ていると、Dは自分の影の中に、まるで水に沈めるように天秤を入れました。
あれ・・・Dに影なんて、あった・・・?
D「体が疲れているだけのようだね。ゆっくり休むといいよ」
Dは私の手を優しく撫で、私の手を握るように自分の手を重ねました。やはり、いつもより感触がありません。
体温計が鳴り、取り出してみましたが、熱はありません。風邪ではなさそうです。やっぱり疲れてたのかな。ここのところ忙しかったから。
私「D、今の天秤って何?」
Dは、無言で口元に笑みを浮かべました。
私「ねえ・・・」
開きかけた私の口に、Dが口づけをしてきました。口の中に濡れた舌が動く感触を残して、唇をペロリと舐めてからDは離れていきました。
D「さあ、お喋りはやめて、おとなしくお休み」
私「その天秤・・・」
D「口を開けると、隙を狙ってもう一度するよ」
私「・・・・・・」
D「いいこだね」
明らかに、Dは天秤についての詳細を隠しているようです。私は溜息をつきました。
私「・・・Dは、私に秘密にしていることが多そうだね」
D「さゆのためだよ」
Dは口元に笑みを浮かべたまま、静かに答えました。
私「教えてくれないの?」
D「いずれ時がきたら教えてあげるよ。さあ、もう静かに休むんだよ。今の君の体には休息が必要だからね」