お母さん
昨日の話です。昨日、書き始めたら長くなってしまい、昨日中に書き終わりませんでした・・・すみません!!
過去記事「命日」の続きです。お母さんの命日だったのでお線香とお花を供えに行ったのですが、それについて書いています。クリスマスに辛気臭い話で申し訳ありません・・・!!皆様のクリスマスが幸せでありますように!!
私「こんにちは」
インターフォンに対応して出てきてくれた人は、見覚えの無い丸顔の女性でした。
実家にこんな人いたかな・・・と、私は昔の記憶をたどって、濃いめにアイシャドウをひいた女性を思い出しました。従兄弟のお母さんです。年齢から考えて、この人が多分そうです。私の母の兄(この実家の主)の奥さんで、私の伯母です。
伯母「まあ、寒い中をどうも。どうぞ上がってください」
記憶の中のアイシャドウを引いた女性は、もっと細くてあごも尖っていた気がします。今、私を見てにこにこ笑ってくれている顔には、記憶の中の女性には無い目じりのシワが刻まれています。
私「お久しぶりです。××さゆです。本日は、夜分遅く申し訳ありません」
私は頭を下げました。
伯母「とんでもない、わざわざ来て頂いてすみません」
女性は人のいい笑みを浮かべました。記憶の中の彼女とまるで印象が違います。
伯母「どうぞ上がってください」
私「失礼致します」
靴を脱いで揃えて、私は廊下に足を踏み出しました。古い木の匂いのような日本家屋の匂いがします。踏みしめる廊下が、時折ギシッと音を立てます。
伯母「今日も冷えますねえ」
私「ええ、本当に。一段と寒くなりました」
伯母「この年になると、寒さで膝が痛むようになって。あ、ここです」
障子が開かれて、私は仏間に通されました。
私「失礼致します」
仏間には、20代くらいの男性が座っていました。年齢から考えて、この男性が私の従兄弟です。先日私に電話をかけてきた本人です。
私は畳に手をついて、頭を下げました。
私「お久しぶりです。夜分遅くに申し訳ありません」
従兄弟も同じように畳に手をついて、頭を下げました。
従兄弟「いえ、お忙しいところ、わざわざお越し頂いてすみません」
頭を上げた私は、体の横に置いていた紙袋を差し出しました。
私「こちらは手土産です。つまらないものですがどうぞ」
中身は菓子折りです。この人達が何を好むかも知らないほど疎遠にしていたので、中身は老若男女を問わないと思われる御煎餅やあられ等の無難なものにしておきました。
従兄弟「恐れ入ります」
伯母「お気遣いくださって、ありがとうございます」
従兄弟と伯母は、そろって手を付いて頭を下げました。
伯母は頭を上げて菓子折りを手に取り、立ち上がって、仏壇に供えました。見れば仏壇にはお母さんの写真が飾られています。きっと命日だからです。仏壇の両脇の提灯の明かりが、その写真をボンヤリと照らしています。
私「では、お線香を上げさせてください」
従兄弟「どうぞ、お願いします」
伯母「この座布団を使ってください」
伯母が、座布団を仏壇の前に敷いてくれました。厚くてふかふかしています。
私「恐れ入ります。この花も供えて構わないでしょうか」
私は持ってきていた花を差し出しました。仏花が良いだろうと思い、小菊の花束です。
従兄弟「ありがとうございます、あ、じゃあそこに差し込んで頂いて・・・」
従兄弟はそう言って、花入れを指差しました。花入れは仏壇の左右に置かれています。
・・・ん?この花入れの片方に突っ込んじゃっていいってことかな?
私は自分の持ってきた花束を見ました。花束と言えば聞こえがいいですが、これは一見、ただの新聞紙をクルクルと筒状に巻いたやつです。いつもは行かない実家近くの花屋で買ったら、小菊が痛まないように、花を全て覆い隠すように長く新聞紙を巻いてくれたので、外から見れば本当にただの新聞紙の筒です。
一方で花入れは細くて華奢で、中に活けられている花達は短く切られています。この花入れに長い新聞紙の束を突っ込んだら間違いなく倒れるでしょう。なにせ、新聞紙の身長のほうが花入れの身長の2倍くらいあるのです。
・・・新聞紙をバリバリ破いて入れればいいのかな?でも、長すぎる小菊が飛び出しちゃうのは同じことだよね。
伯母「いや、それは変でしょ」
従兄弟「あ、そうか」
伯母が従兄弟にツッコミました。
で、ですよね。いかにも仏壇って感じの厳格な花入れに、新聞紙をクルクル巻いた謎の物体がニョキーッ!!って突き出ていたら、一気にギャグっぽくなるもんね。雰囲気ブチ壊しだよ。
その様子が頭に浮かんで、私は少しクスっときました。
私(・・・あれ?こんな想像するとか、私、案外余裕あるのかな)
伯母「××さん、お花は後で私が備えさせて頂きますので、それまであちらでお水に付けさせてください」
私「お願いします」
マッチをすると、小さな火が燃え上がりました。それを蝋燭にうつします。提灯と蝋燭の両方で照らされた仏壇は明るくなりました。光に照らされた写真の中のお母さんは、10年以上前と全くかわらない、くったくのない笑顔を振りまいています。
私(お母さん・・・)
あれほど怖いと思っていたのに、いざ仏壇を前にすると、全く怖くありませんでした。お母さんの写真を見ても、懐かしいと思うことはあっても、怖い気持ちは全然わいてきませんでした。
私(こんなに簡単なことだったなら、もっと早く来れば良かったな・・・お母さん、ごめんね)
お茶を出されたので、私はお礼を言って湯呑を持ち上げました。緑茶の良い香りです。
私(高そうなお茶だなあ、あ、おいし・・・ぬるめだから玉露かな。だったら高級品だな。ごちです。ゆっくり味わっていこう)
どうでもいいことを考える余裕も出てきました。
従兄弟「父はまだ仕事でして。折角いらっしゃって頂いたのに申し訳ありません」
従兄弟が謝ってきたので、私は慌てて首を振りました。
私「とんでもないです。そのようにお気使い頂いて恐縮です」
記憶の中の従兄弟は、私より数才上とはいえまだ子供で、こんな風に機微を読み取れるような子じゃなかったのに。もうすっかり大人になった彼は、挨拶から社交辞令から気遣いまで一通りこなせる社会人になったんだ。年齢的には私より上だもんね。私の記憶の中の従兄弟はずっと子供のままだったけど。
従兄弟も伯母も、あの頃とは変わっている。きっと日々少しずつ変わっているんだ。でも、それは当然のことなんだろう。だって、私もあの頃とは変わったんだもんね。そうやって皆が少しずつ変わっていくから、あのときと今とでは私達の関係も違う形になったんだ。誰でも生きていればこうやって日々変わっていって、何かを学んだり、誤解したり、誤解が解けたり、色々あるんだね。だから、長い時間の中の、ほんの短い一瞬に感じた他人に対するわだかまりを、ずっと心の中で抱えて苦しむ必要なんて無かったのかも・・・
従兄弟「これをどうぞ」
従兄弟が何かを差し出してきました。
従兄弟「○○さん(私の母)の遺品です。こういった貴重品の類はこれしかありませんでした。祖母(私の母の母)が亡くなるまでずっと預かっていたものです」
見ると、ジュエリーの類を入れる紺色のビロードの箱です。
従兄弟「○○さんがあなたに残したものです。お会い出来たらお渡ししようと思っていたんです」
開けると、中には一粒の真珠のペンダントが入っていました。たしかに見覚えがあります。
私「でも、私は・・・」
私は辞退しようとしましたが、従兄弟は首を振りました。
従兄弟「遺書に、あなたに渡してほしいと書いてあったんです」
私「え?」
従兄弟「でも、まだ子供のあなたに渡したら□□さん(私の父)の手に渡ってしまうと言って祖母(私の母の母)が嫌がって、ずっと手放さなかったんです」
伯母「本当は義理母さん(私の母の母)のお葬式のときにお渡ししたかったんです。でも、お葬式の場ではうまく渡せなくて・・・それで今までずるずると。すみませんでした」
私(お母さんがこれを私に?遺言に書いてあったって?でもお母さんって、手帳に私への恨み言を書いたんじゃないの?)
私が箱を受け取ると、二人はほっとしたように笑みを浮かべました。
私「・・・あの、その遺書って、日記というか手帳ですよね。内容をご存じなのですか?」
従兄弟「はい、大まかには。僕は当時子供だったので読んでいませんが母は読んでいます。僕は母から内容を聞きました」
私「内容を教えて頂けませんでしょうか。父から一部分を聞いただけなので、詳細を知らないんです」
従兄弟と伯母は顔を見合わせました。
伯母「詳しい内容までは覚えていないんですけど、手帳には、□□さん(私の父)の浮気に対する恨み言と、あなたへの謝罪が書かれていました」
・・・え、どういうこと?父から聞いている話と、違うじゃん。
私「・・・手帳には、私への恨み言が書かれていたって、父から聞いたんですが」
伯母「ええ!?」
驚いた顔をした伯母は、首をひねりながら口を開きました。
伯母「□□さん(私の父)は、手帳を読んでないのでは・・・少なくとも、□□さんは手帳を手にとって読んではないですよ。浮気への恨み言とかが書いてあるあたりのページを、義理母さん(私の母の母)が□□さんに怒りながらチラッと見せたくらいです。××さん(私)への恨み言とかは・・・まあ、育児の悩みとかなら多少書いてあったかもしれないですね。でも普通の母親が書くような普通の内容ですよ。もしきつい内容なら覚えていると思いますから。だから、恨み言という感じのものではないと思いますけど・・・手帳を棺桶に入れずに残しておくべきでしたね・・・」
帰り道、暗い夜道を歩きながら、私はお母さんのことを思い出しました。
私が幼稚園のころまでは毎日楽しそうにしていたお母さんは、よく私に本を買ってくれたんだ。童話やお伽噺の薄い本を何冊もね。それで、寝る前に読んでくれたんだよ。だから私、童話やお伽噺には詳しいんだ。人魚姫もヘンゼルとグレーテルもラプンツェルも童話なら大抵知ってるよ。
私は昔からあまり眠らない子で、夜になってもなかなかベッドに入らなかったんだ。今にして思えば、それは私がショートスリーパーだからなんだけど、お母さんはきっと心配したんだろうね。私がベッドに入る時間になると、本を持って枕元に立って、こう私を呼んだの。
おいで、眠る前に、お話を聞かせてあげる!だからベッドに入ろうね!
私はすぐにベッドに入ったよ。お母さんの語るお話が大好きだったんだ。お母さんに読んでもらうと、同じ本を何度聞かせてもらってもワクワクした。そう、たしか私にはすごく好きな本があって・・・何の本だったんだろう、あんなに好きだったのに忘れちゃった。他の本なら覚えてるのにね。とにかくその好きな本を何度も何度も毎日のようにリクエストして読んでもらっていたら、お母さんはその本を暗記しちゃったんだ。本はボロくなった。さゆちゃんはこの話が好きなんだね、って言って笑ってたなあ・・・
私とお母さんはすごく仲が良いと思ってた。私がお母さんのことを好きなように、お母さんも私のことを好きに違いないと思ってた。だから、お母さんが離婚して私を置いて出ていってしまったとき、どうしてお父さんの元に私を置いていったのか、全然理解できなかった。きっと金銭的な理由だよね。でも当時はわからなくて、とっても寂しかった。お母さんは私を嫌いになったのかとも思った。
それで・・・本を読んでくれたあの優しいお母さんは、本当は私のことを嫌いだったんじゃないかって。本当は私のことが大嫌いなのに、一生懸命演技していたんじゃないかって・・・そう思って、怖くなったんだ。
暗い夜道を踏みしめながら歩いていると、毎日眠る前にお母さんと交わした会話がポロポロとこぼれるように思い出されてきました。本当はずっと覚えていたんだ。お母さんとの思い出は少ないから、忘れられなかったんだよ。
魔女はどうしてお菓子で家を作ったの?
子供達をつかまえるためのワナだったんじゃない?こわいね~!!
ランプツェルはどうして髪が長いの?
ランプ・・・ラプンツェルね。うん覚えなくていいよ!
私「たしか・・・『人魚の涙は真珠になるの?真珠って何?』・・・だったかなあ」
私は呟いてみました。私がそう尋ねたら、たしかお母さんはこんなことを言ったと思う。
『お母さんのネックレスについてる白い玉だよ。あれは偽物なんだけどね!でもかわいいから一番気に入ってるの!』
私は、さっきもらったペンダントの箱を開けてみました。偽物のくせにかわいい真珠がコロンと出てきました。
私(従兄弟がここ数年、命日が近づくたびに連絡をくれていたのは、これを渡したかったからなんだろうな。きっと、従兄弟も今まで気にしていたんだ。渡したい遺品があるって、電話でも言ってたもんね。私を憎んでたお母さんからの遺品なんて怖くて受け取りたくない、なんて思っててごめんなさい。ああ、引っ越したときに、従兄弟にも私の新住所を教えておけばよかった。そうしたら従兄弟はこれを郵送できて、早く楽になれたのに)
お母さんの手帳には私への恨み言が書かれているとばかり思ってたから、従兄弟達は私を責めているんじゃないかと不安に思ってた。でも、違ったんだ。むしろ、逆に従兄弟達のほうこそこのペンダントを所有していることで、お母さんや私に対して罪悪感を抱いて不安に思ってたのかも・・・
私「Dのおかげだね。10年以上悩んでいたことが、今日一日で解決しちゃった」
家に帰ってきてから、私は開口一番にそう言いました。
D「僕は君に進言しただけに過ぎないよ。今回のことは君が自分の力で解決したのさ。だから、自分に自信をお持ち」
Dはいつもの笑みを浮かべて、いつもの調子で言いました。
私「Dが一緒にいてくれたからだよ。ありがとうね」
今回のことは、本当にDのおかげです。実際に行動したのは物理的な体を持っている私だけど、Dの助けが無ければ私は動けなかったのです。
私「・・・そうだ、ちょっと前の夜に、きらきらした綺麗なモヤに出会ったことがあったでしょ?」
先々週の深夜、コンビニに出かけた帰り道で、私の前にきらきらした綺麗なモヤが現れて、それをDが倒してくれたということがあったんです。(詳細は過去記事「怪談」参照)あれの正体をDは教えてくれませんでしたが、あのときに予想した通り、きっとあれは私が無意識に作ってしまった、私のお母さんの姿をした攻撃者だったのです。
でもDは、あれは私が作ったものではなく関係の無い悪霊だと説明したのです。きっとDは、あれが私の作った偽物のお母さんだということを私が知ったら悲しむと思って、それで隠しているのだと思います。だからDに、もう隠さなくていいんだよって、気を使ってくれてありがとうって、お礼を言わなくちゃね。
Dは、そっと私の頬に手を当て、優しい声で言いました。
D「あんなもののことを考えるのはおやめ」
私「気を使ってくれなくても大丈夫だよ。あれは私が作ったものだったんでしょ?」
Dは首を横に振って、ことさら優しい声を出しました。
D「さゆ、あれは君の作ったものではないよ。君に近づいてきただけの関係の無い悪霊さ」
Dは、あのときと同じ説明をしました。
でも、私の目には幽霊やその他の精霊などは見えません。私には自分が作ったDしか見えないのです。だから、あのとき私の目に見えたあのモヤも、私が作ったものだと思うのです。普段は見えない幽霊などでも波長が合えば見えることがあるとDは言っていましたが、それでも私は、あれは自分の作ったものだという気がするのです。自分で作った気は全然しませんが、あの綺麗なモヤからはDと似たような空気を感じたのです。
私「あれの正体って、私が作ったタルパでしょ?」
Dは一瞬、口元から笑みを消しましたが、すぐに再び笑みを作り、甘い声で囁きました。
D「違うよ。あんなものを気に掛けるより、僕にかまっておくれ」
Dは持っていた大鎌を放し、両手で私の頬を包みました。そして、そのまま顔を寄せてきて、笑みを浮かべた唇の隙間からのぞかせた舌で、私の唇をゆっくりと舐め上げました。ぞくぞくっと気持ち良い感覚が背筋を上りました。
私「っ・・・」
D「さゆ、口を開けてごらん」
このままだと流される!その前に言わないと!私は早口で一気に喋りました。
私「あれってお母さんの偽物でしょ!?」
D「・・・え?」
Dは、あっけにとられたように小さく呟きました。口元の笑みも消えて唖然としているようです。そんなに驚かなくてもいいのに。あれがお母さんかもしれないってことを、私が全く予想していないとでも思ってたのかな。
ともかくDの口から解放された私は、話を続けることにしました。
私「あれは、お母さんへの恐怖心のせいで私が無意識に作ってしまったお母さんの偽物でしょ?そんな私のせいで、最初から危険な攻撃者として生まれてしまったかわいそうなモヤだったんでしょ?だからDが撃退してくれたんだよね。ありがとう。でも、もう隠さなくていいよ。私は大丈夫だから」
私の話を聞いているうちに、Dの笑みはだんだん深くなっていき、ついにはくすくすと笑い出しました。
D「・・・そうだよ。よくわかったね」
私「そんなに笑わなくても。一応、モヤに出会った日からなんとなく気付いてたんだよ?」
私(ていうか、Dこそ私が気付いていることに気付いてなかったよね!?さっきあんなに驚いて唖然としちゃってさ!!)
Dはうなずきましたが、まだくすくす笑っています。
D「そうだね。その通りだよ。あれは君が作った精霊だよ」
やっぱり。そうだよね。だってDと似たような空気を感じたから。
D「でも、君にとって害になる精霊さ。君が思いを寄せる価値など無いよ」
合理的な性格のDにとっては、攻撃者なんてそんなものかもしれないけど、その攻撃者を作ってしまった私としては複雑なんだ。だって、私には作った責任があるんだ。それに、たとえ私への攻撃者だとしても、私が作ったものだと思うと愛着があるんだよ。
・・・ごめんね、モヤ。そんな風に作ってしまって。また作ってあげられるとしたら、今度はちゃんと友好的な存在として作るからね。Dを作るときに相当大変だったから、簡単には作れないと思うけど・・・でも、なんであの日には作れちゃったんだろう?
Dは私の髪に手をのばし、そっと撫でました。
D「さゆは、僕のことが本当に好きで、信頼しているんだね」
改めて言われると恥ずかしいけど、勿論そうなのです。今まで沢山助けてもらったし、今回のことだってDが助けてくれなかったら克服できなかったよ。Dには本当に感謝しているのです。
私「うん」
私が素直にうなずくと、Dが口づけてきました。Dの好きな濡れたキスです。離れていく舌と舌の間に、唾液が糸を引いたのが見えました。
D「じゃあ、もう他の精霊など手懐けてはいけないよ」
Dは、自分の唇を舌で舐めながら言いました。その仕草を見た私は恥ずかしくなって、視線をそらしました。
私「Dは心配性だなあ。大丈夫だよ、もう攻撃者なんて作らないから」
D「・・・まあ、いいさ。また現れても消せばいいからね」
物騒だね!!でも、本当に心配いらないよ。だって、もうお母さんのこと怖くないんだよ。お母さんのこと好きになったんだ。感謝もしてるんだよ。そりゃ色々あったから、お母さんの全部が好きってわけじゃないけど、全部が好きだと思える人なんて存在しないもんね。好きなところも嫌いなところもあってこその好きだよ。
ごめんなさい。お母さん。ずっと誤解していて。
でも、今までの私にはあれが精一杯だったんだ。臆病な子供だったから自分を守ることに必死で、一生懸命頑張ってもそれだけで手いっぱいで、お母さんのことまで考える余裕が無かったんだ。それだけ悲しかったんだよ。でも、もう大丈夫なんだ。
それとD、今回の件は本当にありがとうね。Dは心配しているみたいだけど、もう絶対にお母さんの姿をした攻撃者なんて作らないよ。勿論、他のどんな姿をした攻撃者もね。でもね、D、心配してくれてありがとう。
過去記事「命日」の続きです。お母さんの命日だったのでお線香とお花を供えに行ったのですが、それについて書いています。クリスマスに辛気臭い話で申し訳ありません・・・!!皆様のクリスマスが幸せでありますように!!
私「こんにちは」
インターフォンに対応して出てきてくれた人は、見覚えの無い丸顔の女性でした。
実家にこんな人いたかな・・・と、私は昔の記憶をたどって、濃いめにアイシャドウをひいた女性を思い出しました。従兄弟のお母さんです。年齢から考えて、この人が多分そうです。私の母の兄(この実家の主)の奥さんで、私の伯母です。
伯母「まあ、寒い中をどうも。どうぞ上がってください」
記憶の中のアイシャドウを引いた女性は、もっと細くてあごも尖っていた気がします。今、私を見てにこにこ笑ってくれている顔には、記憶の中の女性には無い目じりのシワが刻まれています。
私「お久しぶりです。××さゆです。本日は、夜分遅く申し訳ありません」
私は頭を下げました。
伯母「とんでもない、わざわざ来て頂いてすみません」
女性は人のいい笑みを浮かべました。記憶の中の彼女とまるで印象が違います。
伯母「どうぞ上がってください」
私「失礼致します」
靴を脱いで揃えて、私は廊下に足を踏み出しました。古い木の匂いのような日本家屋の匂いがします。踏みしめる廊下が、時折ギシッと音を立てます。
伯母「今日も冷えますねえ」
私「ええ、本当に。一段と寒くなりました」
伯母「この年になると、寒さで膝が痛むようになって。あ、ここです」
障子が開かれて、私は仏間に通されました。
私「失礼致します」
仏間には、20代くらいの男性が座っていました。年齢から考えて、この男性が私の従兄弟です。先日私に電話をかけてきた本人です。
私は畳に手をついて、頭を下げました。
私「お久しぶりです。夜分遅くに申し訳ありません」
従兄弟も同じように畳に手をついて、頭を下げました。
従兄弟「いえ、お忙しいところ、わざわざお越し頂いてすみません」
頭を上げた私は、体の横に置いていた紙袋を差し出しました。
私「こちらは手土産です。つまらないものですがどうぞ」
中身は菓子折りです。この人達が何を好むかも知らないほど疎遠にしていたので、中身は老若男女を問わないと思われる御煎餅やあられ等の無難なものにしておきました。
従兄弟「恐れ入ります」
伯母「お気遣いくださって、ありがとうございます」
従兄弟と伯母は、そろって手を付いて頭を下げました。
伯母は頭を上げて菓子折りを手に取り、立ち上がって、仏壇に供えました。見れば仏壇にはお母さんの写真が飾られています。きっと命日だからです。仏壇の両脇の提灯の明かりが、その写真をボンヤリと照らしています。
私「では、お線香を上げさせてください」
従兄弟「どうぞ、お願いします」
伯母「この座布団を使ってください」
伯母が、座布団を仏壇の前に敷いてくれました。厚くてふかふかしています。
私「恐れ入ります。この花も供えて構わないでしょうか」
私は持ってきていた花を差し出しました。仏花が良いだろうと思い、小菊の花束です。
従兄弟「ありがとうございます、あ、じゃあそこに差し込んで頂いて・・・」
従兄弟はそう言って、花入れを指差しました。花入れは仏壇の左右に置かれています。
・・・ん?この花入れの片方に突っ込んじゃっていいってことかな?
私は自分の持ってきた花束を見ました。花束と言えば聞こえがいいですが、これは一見、ただの新聞紙をクルクルと筒状に巻いたやつです。いつもは行かない実家近くの花屋で買ったら、小菊が痛まないように、花を全て覆い隠すように長く新聞紙を巻いてくれたので、外から見れば本当にただの新聞紙の筒です。
一方で花入れは細くて華奢で、中に活けられている花達は短く切られています。この花入れに長い新聞紙の束を突っ込んだら間違いなく倒れるでしょう。なにせ、新聞紙の身長のほうが花入れの身長の2倍くらいあるのです。
・・・新聞紙をバリバリ破いて入れればいいのかな?でも、長すぎる小菊が飛び出しちゃうのは同じことだよね。
伯母「いや、それは変でしょ」
従兄弟「あ、そうか」
伯母が従兄弟にツッコミました。
で、ですよね。いかにも仏壇って感じの厳格な花入れに、新聞紙をクルクル巻いた謎の物体がニョキーッ!!って突き出ていたら、一気にギャグっぽくなるもんね。雰囲気ブチ壊しだよ。
その様子が頭に浮かんで、私は少しクスっときました。
私(・・・あれ?こんな想像するとか、私、案外余裕あるのかな)
伯母「××さん、お花は後で私が備えさせて頂きますので、それまであちらでお水に付けさせてください」
私「お願いします」
マッチをすると、小さな火が燃え上がりました。それを蝋燭にうつします。提灯と蝋燭の両方で照らされた仏壇は明るくなりました。光に照らされた写真の中のお母さんは、10年以上前と全くかわらない、くったくのない笑顔を振りまいています。
私(お母さん・・・)
あれほど怖いと思っていたのに、いざ仏壇を前にすると、全く怖くありませんでした。お母さんの写真を見ても、懐かしいと思うことはあっても、怖い気持ちは全然わいてきませんでした。
私(こんなに簡単なことだったなら、もっと早く来れば良かったな・・・お母さん、ごめんね)
お茶を出されたので、私はお礼を言って湯呑を持ち上げました。緑茶の良い香りです。
私(高そうなお茶だなあ、あ、おいし・・・ぬるめだから玉露かな。だったら高級品だな。ごちです。ゆっくり味わっていこう)
どうでもいいことを考える余裕も出てきました。
従兄弟「父はまだ仕事でして。折角いらっしゃって頂いたのに申し訳ありません」
従兄弟が謝ってきたので、私は慌てて首を振りました。
私「とんでもないです。そのようにお気使い頂いて恐縮です」
記憶の中の従兄弟は、私より数才上とはいえまだ子供で、こんな風に機微を読み取れるような子じゃなかったのに。もうすっかり大人になった彼は、挨拶から社交辞令から気遣いまで一通りこなせる社会人になったんだ。年齢的には私より上だもんね。私の記憶の中の従兄弟はずっと子供のままだったけど。
従兄弟も伯母も、あの頃とは変わっている。きっと日々少しずつ変わっているんだ。でも、それは当然のことなんだろう。だって、私もあの頃とは変わったんだもんね。そうやって皆が少しずつ変わっていくから、あのときと今とでは私達の関係も違う形になったんだ。誰でも生きていればこうやって日々変わっていって、何かを学んだり、誤解したり、誤解が解けたり、色々あるんだね。だから、長い時間の中の、ほんの短い一瞬に感じた他人に対するわだかまりを、ずっと心の中で抱えて苦しむ必要なんて無かったのかも・・・
従兄弟「これをどうぞ」
従兄弟が何かを差し出してきました。
従兄弟「○○さん(私の母)の遺品です。こういった貴重品の類はこれしかありませんでした。祖母(私の母の母)が亡くなるまでずっと預かっていたものです」
見ると、ジュエリーの類を入れる紺色のビロードの箱です。
従兄弟「○○さんがあなたに残したものです。お会い出来たらお渡ししようと思っていたんです」
開けると、中には一粒の真珠のペンダントが入っていました。たしかに見覚えがあります。
私「でも、私は・・・」
私は辞退しようとしましたが、従兄弟は首を振りました。
従兄弟「遺書に、あなたに渡してほしいと書いてあったんです」
私「え?」
従兄弟「でも、まだ子供のあなたに渡したら□□さん(私の父)の手に渡ってしまうと言って祖母(私の母の母)が嫌がって、ずっと手放さなかったんです」
伯母「本当は義理母さん(私の母の母)のお葬式のときにお渡ししたかったんです。でも、お葬式の場ではうまく渡せなくて・・・それで今までずるずると。すみませんでした」
私(お母さんがこれを私に?遺言に書いてあったって?でもお母さんって、手帳に私への恨み言を書いたんじゃないの?)
私が箱を受け取ると、二人はほっとしたように笑みを浮かべました。
私「・・・あの、その遺書って、日記というか手帳ですよね。内容をご存じなのですか?」
従兄弟「はい、大まかには。僕は当時子供だったので読んでいませんが母は読んでいます。僕は母から内容を聞きました」
私「内容を教えて頂けませんでしょうか。父から一部分を聞いただけなので、詳細を知らないんです」
従兄弟と伯母は顔を見合わせました。
伯母「詳しい内容までは覚えていないんですけど、手帳には、□□さん(私の父)の浮気に対する恨み言と、あなたへの謝罪が書かれていました」
・・・え、どういうこと?父から聞いている話と、違うじゃん。
私「・・・手帳には、私への恨み言が書かれていたって、父から聞いたんですが」
伯母「ええ!?」
驚いた顔をした伯母は、首をひねりながら口を開きました。
伯母「□□さん(私の父)は、手帳を読んでないのでは・・・少なくとも、□□さんは手帳を手にとって読んではないですよ。浮気への恨み言とかが書いてあるあたりのページを、義理母さん(私の母の母)が□□さんに怒りながらチラッと見せたくらいです。××さん(私)への恨み言とかは・・・まあ、育児の悩みとかなら多少書いてあったかもしれないですね。でも普通の母親が書くような普通の内容ですよ。もしきつい内容なら覚えていると思いますから。だから、恨み言という感じのものではないと思いますけど・・・手帳を棺桶に入れずに残しておくべきでしたね・・・」
帰り道、暗い夜道を歩きながら、私はお母さんのことを思い出しました。
私が幼稚園のころまでは毎日楽しそうにしていたお母さんは、よく私に本を買ってくれたんだ。童話やお伽噺の薄い本を何冊もね。それで、寝る前に読んでくれたんだよ。だから私、童話やお伽噺には詳しいんだ。人魚姫もヘンゼルとグレーテルもラプンツェルも童話なら大抵知ってるよ。
私は昔からあまり眠らない子で、夜になってもなかなかベッドに入らなかったんだ。今にして思えば、それは私がショートスリーパーだからなんだけど、お母さんはきっと心配したんだろうね。私がベッドに入る時間になると、本を持って枕元に立って、こう私を呼んだの。
おいで、眠る前に、お話を聞かせてあげる!だからベッドに入ろうね!
私はすぐにベッドに入ったよ。お母さんの語るお話が大好きだったんだ。お母さんに読んでもらうと、同じ本を何度聞かせてもらってもワクワクした。そう、たしか私にはすごく好きな本があって・・・何の本だったんだろう、あんなに好きだったのに忘れちゃった。他の本なら覚えてるのにね。とにかくその好きな本を何度も何度も毎日のようにリクエストして読んでもらっていたら、お母さんはその本を暗記しちゃったんだ。本はボロくなった。さゆちゃんはこの話が好きなんだね、って言って笑ってたなあ・・・
私とお母さんはすごく仲が良いと思ってた。私がお母さんのことを好きなように、お母さんも私のことを好きに違いないと思ってた。だから、お母さんが離婚して私を置いて出ていってしまったとき、どうしてお父さんの元に私を置いていったのか、全然理解できなかった。きっと金銭的な理由だよね。でも当時はわからなくて、とっても寂しかった。お母さんは私を嫌いになったのかとも思った。
それで・・・本を読んでくれたあの優しいお母さんは、本当は私のことを嫌いだったんじゃないかって。本当は私のことが大嫌いなのに、一生懸命演技していたんじゃないかって・・・そう思って、怖くなったんだ。
暗い夜道を踏みしめながら歩いていると、毎日眠る前にお母さんと交わした会話がポロポロとこぼれるように思い出されてきました。本当はずっと覚えていたんだ。お母さんとの思い出は少ないから、忘れられなかったんだよ。
魔女はどうしてお菓子で家を作ったの?
子供達をつかまえるためのワナだったんじゃない?こわいね~!!
ランプツェルはどうして髪が長いの?
ランプ・・・ラプンツェルね。うん覚えなくていいよ!
私「たしか・・・『人魚の涙は真珠になるの?真珠って何?』・・・だったかなあ」
私は呟いてみました。私がそう尋ねたら、たしかお母さんはこんなことを言ったと思う。
『お母さんのネックレスについてる白い玉だよ。あれは偽物なんだけどね!でもかわいいから一番気に入ってるの!』
私は、さっきもらったペンダントの箱を開けてみました。偽物のくせにかわいい真珠がコロンと出てきました。
私(従兄弟がここ数年、命日が近づくたびに連絡をくれていたのは、これを渡したかったからなんだろうな。きっと、従兄弟も今まで気にしていたんだ。渡したい遺品があるって、電話でも言ってたもんね。私を憎んでたお母さんからの遺品なんて怖くて受け取りたくない、なんて思っててごめんなさい。ああ、引っ越したときに、従兄弟にも私の新住所を教えておけばよかった。そうしたら従兄弟はこれを郵送できて、早く楽になれたのに)
お母さんの手帳には私への恨み言が書かれているとばかり思ってたから、従兄弟達は私を責めているんじゃないかと不安に思ってた。でも、違ったんだ。むしろ、逆に従兄弟達のほうこそこのペンダントを所有していることで、お母さんや私に対して罪悪感を抱いて不安に思ってたのかも・・・
私「Dのおかげだね。10年以上悩んでいたことが、今日一日で解決しちゃった」
家に帰ってきてから、私は開口一番にそう言いました。
D「僕は君に進言しただけに過ぎないよ。今回のことは君が自分の力で解決したのさ。だから、自分に自信をお持ち」
Dはいつもの笑みを浮かべて、いつもの調子で言いました。
私「Dが一緒にいてくれたからだよ。ありがとうね」
今回のことは、本当にDのおかげです。実際に行動したのは物理的な体を持っている私だけど、Dの助けが無ければ私は動けなかったのです。
私「・・・そうだ、ちょっと前の夜に、きらきらした綺麗なモヤに出会ったことがあったでしょ?」
先々週の深夜、コンビニに出かけた帰り道で、私の前にきらきらした綺麗なモヤが現れて、それをDが倒してくれたということがあったんです。(詳細は過去記事「怪談」参照)あれの正体をDは教えてくれませんでしたが、あのときに予想した通り、きっとあれは私が無意識に作ってしまった、私のお母さんの姿をした攻撃者だったのです。
でもDは、あれは私が作ったものではなく関係の無い悪霊だと説明したのです。きっとDは、あれが私の作った偽物のお母さんだということを私が知ったら悲しむと思って、それで隠しているのだと思います。だからDに、もう隠さなくていいんだよって、気を使ってくれてありがとうって、お礼を言わなくちゃね。
Dは、そっと私の頬に手を当て、優しい声で言いました。
D「あんなもののことを考えるのはおやめ」
私「気を使ってくれなくても大丈夫だよ。あれは私が作ったものだったんでしょ?」
Dは首を横に振って、ことさら優しい声を出しました。
D「さゆ、あれは君の作ったものではないよ。君に近づいてきただけの関係の無い悪霊さ」
Dは、あのときと同じ説明をしました。
でも、私の目には幽霊やその他の精霊などは見えません。私には自分が作ったDしか見えないのです。だから、あのとき私の目に見えたあのモヤも、私が作ったものだと思うのです。普段は見えない幽霊などでも波長が合えば見えることがあるとDは言っていましたが、それでも私は、あれは自分の作ったものだという気がするのです。自分で作った気は全然しませんが、あの綺麗なモヤからはDと似たような空気を感じたのです。
私「あれの正体って、私が作ったタルパでしょ?」
Dは一瞬、口元から笑みを消しましたが、すぐに再び笑みを作り、甘い声で囁きました。
D「違うよ。あんなものを気に掛けるより、僕にかまっておくれ」
Dは持っていた大鎌を放し、両手で私の頬を包みました。そして、そのまま顔を寄せてきて、笑みを浮かべた唇の隙間からのぞかせた舌で、私の唇をゆっくりと舐め上げました。ぞくぞくっと気持ち良い感覚が背筋を上りました。
私「っ・・・」
D「さゆ、口を開けてごらん」
このままだと流される!その前に言わないと!私は早口で一気に喋りました。
私「あれってお母さんの偽物でしょ!?」
D「・・・え?」
Dは、あっけにとられたように小さく呟きました。口元の笑みも消えて唖然としているようです。そんなに驚かなくてもいいのに。あれがお母さんかもしれないってことを、私が全く予想していないとでも思ってたのかな。
ともかくDの口から解放された私は、話を続けることにしました。
私「あれは、お母さんへの恐怖心のせいで私が無意識に作ってしまったお母さんの偽物でしょ?そんな私のせいで、最初から危険な攻撃者として生まれてしまったかわいそうなモヤだったんでしょ?だからDが撃退してくれたんだよね。ありがとう。でも、もう隠さなくていいよ。私は大丈夫だから」
私の話を聞いているうちに、Dの笑みはだんだん深くなっていき、ついにはくすくすと笑い出しました。
D「・・・そうだよ。よくわかったね」
私「そんなに笑わなくても。一応、モヤに出会った日からなんとなく気付いてたんだよ?」
私(ていうか、Dこそ私が気付いていることに気付いてなかったよね!?さっきあんなに驚いて唖然としちゃってさ!!)
Dはうなずきましたが、まだくすくす笑っています。
D「そうだね。その通りだよ。あれは君が作った精霊だよ」
やっぱり。そうだよね。だってDと似たような空気を感じたから。
D「でも、君にとって害になる精霊さ。君が思いを寄せる価値など無いよ」
合理的な性格のDにとっては、攻撃者なんてそんなものかもしれないけど、その攻撃者を作ってしまった私としては複雑なんだ。だって、私には作った責任があるんだ。それに、たとえ私への攻撃者だとしても、私が作ったものだと思うと愛着があるんだよ。
・・・ごめんね、モヤ。そんな風に作ってしまって。また作ってあげられるとしたら、今度はちゃんと友好的な存在として作るからね。Dを作るときに相当大変だったから、簡単には作れないと思うけど・・・でも、なんであの日には作れちゃったんだろう?
Dは私の髪に手をのばし、そっと撫でました。
D「さゆは、僕のことが本当に好きで、信頼しているんだね」
改めて言われると恥ずかしいけど、勿論そうなのです。今まで沢山助けてもらったし、今回のことだってDが助けてくれなかったら克服できなかったよ。Dには本当に感謝しているのです。
私「うん」
私が素直にうなずくと、Dが口づけてきました。Dの好きな濡れたキスです。離れていく舌と舌の間に、唾液が糸を引いたのが見えました。
D「じゃあ、もう他の精霊など手懐けてはいけないよ」
Dは、自分の唇を舌で舐めながら言いました。その仕草を見た私は恥ずかしくなって、視線をそらしました。
私「Dは心配性だなあ。大丈夫だよ、もう攻撃者なんて作らないから」
D「・・・まあ、いいさ。また現れても消せばいいからね」
物騒だね!!でも、本当に心配いらないよ。だって、もうお母さんのこと怖くないんだよ。お母さんのこと好きになったんだ。感謝もしてるんだよ。そりゃ色々あったから、お母さんの全部が好きってわけじゃないけど、全部が好きだと思える人なんて存在しないもんね。好きなところも嫌いなところもあってこその好きだよ。
ごめんなさい。お母さん。ずっと誤解していて。
でも、今までの私にはあれが精一杯だったんだ。臆病な子供だったから自分を守ることに必死で、一生懸命頑張ってもそれだけで手いっぱいで、お母さんのことまで考える余裕が無かったんだ。それだけ悲しかったんだよ。でも、もう大丈夫なんだ。
それとD、今回の件は本当にありがとうね。Dは心配しているみたいだけど、もう絶対にお母さんの姿をした攻撃者なんて作らないよ。勿論、他のどんな姿をした攻撃者もね。でもね、D、心配してくれてありがとう。
命日
今日のことです。過去記事「怪談」と繋がっています。日曜日だったので、数日後に控えた母の命日について、母の実家から電話が来たので、そのことについて書いています。「怪談」に書いたような、誰も聞きたくないだろっていう感じの母の話が入るので暗くて重いです。すみません・・・!!
私は毎朝、洗濯物を干してから出社しているんです。出社時間が遅いからできることですね!!ダメ社会人です。毎朝天気予報を確認して、降水確率が低ければ外に干し、高ければ室内に干して出かけています。たまに天気予報がはずれて洗濯物がビショビショになっちゃうのは御愛嬌で。
ところが今朝は、母の兄弟の息子(私から見ると従兄弟であり、母の実家の本家の人間)から電話があって、それに時間を取られたので洗濯物を洗えなかったんです。そういうわけで、珍しく洗濯をせずに出社しました。
そして、会社から帰ってきた私は、朝に洗濯ができなかったことをすっかり忘れていて、いつもと同じように食事や入浴やタルパブログめぐりをしようと思ったんですが・・・
D「洗濯は良いのかい?」
私「え?」
Dからそう言われても、私は洗濯のことをすっかり忘れていたので、全然ピンときませんでした。
D「洗濯をしなくて良いのかい?」
私「なんで?朝やるからいいよ?」
D「でも、今朝はしなかったよ」
私「え?・・・あ!!」
そこで私はやっと思い出しました。
私「そうだった、今朝は洗濯できなかったんだ。D、教えてくれてありがとう」
私が忘れていたのにDは覚えていたなんて、すごいなあ。
でも、洗濯物は朝に干してお日様に当てたいので、私はそのことをDに説明することにしました。
私「教えてくれて本当にありがとうね。私、すっかり忘れていたから助かったよ。Dが教えてくれた洗濯物は、日光に当てたいから明日の朝に洗って干すことにするね」
Dはコクリとうなずいて、口元に笑みを浮かべました。
私「いつもと違う行動を取るとさ、こうやって忘れがちだよね」
D「本当に?」
え?
私「まあ、そうじゃない?いつもは朝に洗濯してるから」
D「嘘はいけないよ」
どういうこと?
私は怪訝な顔をしましたが、Dはいつもの表情のまま続けました。
D「本当は、忘れたくて忘れたんだろう?」
私「ええ?洗濯を忘れちゃったら大変だよ。まあ今夜は忘れていても、明日の朝にはいつもの習慣で洗濯をするから大丈夫だけどさ」
D「電話のことだよ」
・・・やだ、やめてよ、
D「君は、今朝の電話のことを忘れたくて、それと関係のあることも一緒に忘れたんだね。両方とも、君の記憶から不自然に抜け落ちているよ」
やめてね、それ以上、このことは・・・
私「・・・たしかに今までうっかり忘れてて、Dに言われて思い出したけど、完全に忘れてなんかないし?」
私は今朝の電話の内容を思い出して、不安で嫌な気持ちがよみがえってきました。
電話は、お母さんの命日が数日後にある(詳細は過去記事「怪談」参照)ので、その件についてのものだったんです。お母さんの位牌がある本家からの。
『今年もいらっしゃらないんですか?』
私『はい、仕事がありますから。今日もこれから仕事なので、すみませんが切って良いでしょうか・・・』
『日曜日もお仕事なんですか・・・お話したいことがあるんですけど、今日お時間取れませんか?』
私『申し訳ありませんが、今日は無理です。一日ずっと仕事なので・・・』
そうだよ、仕方無いよね、仕事があるもん。忙しいもんね。早く電話を切りたいな。早く職場に逃げたい。あそこには私の居場所があるよ。みんなのこと好きだし、みんなも私を必要としてくれてる。こんな話聞きたくないよ。お父さんになんか会いたくないし、お母さんの実家の人達にだって。ホント、私がお母さんに何をしたって言うんだろ。お母さんが私を捨てたのに、勝手に産んで、勝手に捨てて、勝手に自殺して、残した手帳に私が邪魔だったって、自分の人生の障害だったって・・・
私「・・・もうこの話はやめよ?何か別のお話しようよ。あっ、触感の訓練をしようか。D、好きでしょ?今日は本とかも読まずに、ずっとDと触感の訓練しようかな」
D「さゆ。自分の悩みに対して、見ないふりをして、気がつかないふりをしたら、それで苦しむのは君自身だよ」
私「D、やめて」
D「見ないふりをして、気がつかないふりをして、そうやって今は逃げることができても、いつかは追い詰められてしまうよ。この世で生きていく上で君が強く感じる悩みなら、この世から逃げ出しでもしない限り、永遠に逃げ続けることなどできないからね。だから、いつまでも後回しにしていないで、逃げずに立ち向かわなくてはいけないよ。逃げ回っているだけでは君の心に不安が生まれ、生まれた不安は君自身に対する不信感のもとになり、自分への不信感は自信喪失につながり、自信を喪失をすれば更に不安が生まれるのさ」
私「やめてよD」
D「不安は、君が見ないふりをしたからと言って消えるわけではないんだよ。君の視界に入らなくても、不安はいつでも君の背後にいる。君自身が振り向いて不安と対決しない限り、不安はいつまでも消せないんだよ」
私「やめてね、私のお母さんは・・・」
お母さんはもう死んで、会話もできないから、私とお母さんのわだかまりを解くなんてもうできないんだよ。もうお母さんが何を思っていたのかなんて聞けないし、私が仏壇にむかって話しかけたところで私の謝罪も罵詈雑言も何も届かないんだから。生きてる人間と話し合いするのとはワケが違うんだよ。だって話し合いにすらならないんだもん。向こうが自殺してこの世から逃げることで永遠に口を閉ざしたんだから。
・・・だから、こっちだって逃げたっていいじゃん。見ないふりをして、聞こえないふりをして、口を閉ざして、そうすれば忘れたふりができる。そうやって傷を覆い隠して、傷に触れないように生活したって、別にいいでしょ・・・傷つかないですむもん。
私「わかるでしょ、過去の傷に触れて痛い思いをしたくないの。わざわざ傷つきたくないんだよ。お願い、そっとしておいて」
私はDに説明しましたが、Dはゆっくりと首を横に振りました。
D「それは、傷つかない方法ではないよ。自分の傷に見ないふりをしているだけさ。深い傷ほど放置するのは危険だよ。時間が経過しても消えずに化膿して、いつまでも君を苦しめるからね」
Dは、いつものように私に手を差し出しました。
D「さあ、手を。大丈夫さ、僕が力を貸してあげるよ。僕は、君が君を苦しめるような行為に対して見て見ぬふりをしたくないからね。絶対に助けてあげるよ」
私「・・・・・・」
D「さゆ。手をお取り」
いつもと違って私が、Dの手に自分の手を乗せなかったので、Dが催促してきました。いつもなら、こうやってDが差し出してくれた手の上に私が手を乗せるのです。するとDは私の手に口づけを落としてくれるのです。でも、私はDの手に自分の手を乗せる気にはなれませんでした。
私「・・・放っておいてね」
私は初めてDにそんなことを言いました。一人ぼっちが寂しくて怖くてDを作ったのに、放っておいてだなんて何を言ってるんだか。でもそのときの私はそんなことも考えられないほど、自分の感情をやりくりすることだけに精一杯だったのです。
D「そんなことはしないよ。ずっと傍にいるよ。絶対に見捨てたりしないさ」
Dは静かな声で言いました。
D「さゆ。君が恐れているのは、『お母さん』でも『お父さん』でも『実家の人』でもないよ。君が恐れているのは、君の記憶の中にしかいない偽物の彼らなのさ。それは偽物の攻撃者であって、本物ではないよ。そんな偽物に苦しみ続ける必要は無いんだよ。君は、真実を直視することで偽物の苦しみから解放されるべきだよ。そのためには、実家に行って真実を知るべきなのさ。本物の彼らに対面してきちんと話をするんだ。子供の君にはできなかったけれど、大人になった今の君にならできるよ。君がずっと気になっていたことを彼らに尋ねるんだよ」
ずっと気になっていたこと。たしかに実家の人に尋ねてみたいことはあるのです。お母さんのことで色々と。お母さんが私を捨てたときどんな状況だったのかなって、本当に私のこと邪魔で嫌いなだけの気持ちだから捨てたのかなって。もしそうじゃなかったら、私すごく救われる。もしそうだったとしても、ごめんねって謝れる。わからないのが一番怖かったんだ。
それに・・・偽物って聞いて、コンビニに行った帰り道に出会った、私に向かって手をのばしてDに消されてしまった、あの綺麗なモヤのことを思い出しました。(詳細は過去記事「怪談」参照)あれはやっぱり、私が作ってしまった偽物のお母さんだったのかな、Dは教えてくれなかったけど。もしこの先も私がお母さんのことを見て見ぬふりし続けたら、ああいうのがどんどん生まれちゃうのかな・・・かわいそうなモヤが・・・
私「見ざる聞かざる言わざる。それが私の処世術だったのに。Dに会うまでは」
Dは前にも、今回と同じようなことを言って私を動揺させた。私が元彼のことを忘れようと頑張っていたときにも、今と同じようなことを言って私を驚かせたんだよ。自分の気持ちや真実に対して見ないふりや気付かないふりをして沈黙するのはいけないよって。忘れて逃げようとするのをやめて、事実をしっかり認めて克服しろって。Dはそう言って、元彼を思い出して辛いから触られたくない私に、無理矢理触ってきて、でもそのおかげで私は元彼のことを思い出しても平気になっちゃったんだ。
あのときに、なんとなく予想がついてたんだ。近いうちにDがお母さんのことも、そうやって私に突きつけてくるんじゃないかって。遅くてもお母さんの命日の前に。だって、私には時間が無いから。
お母さんのことについて言及されることが怖くもあったし、期待もしてたんだ。もしかして夏の終わりにタルパを作りはじめたときから、最初からこのことを期待していたのかもしれない。タルパの完成がお母さんの命日に間に合うかなって気にしたこともあった。お母さんの命日にタルパが一緒にいてくれたなら、お線香をあげに行くこともできるかもって、お母さんにごめんねって言えるかもって、ちょっと思った。
・・・Dが正しいよ。それにDは私のために言ってくれたんだ。自分が嫌われるかもしれないようなことを、私のために恐れずに言ってくれたんだ。そういう強いところ、本当に好きだよ。尊敬してるし感謝してる。
私「・・・D、ごめんね。ありがとう」
私がDの手の上に手を乗せると、Dはにこっと口元に笑みを浮かべて、身をかがめて私の手の上に口づけを落としました。
D「さゆが僕に謝る必要なんて無いんだよ」
Dはいつもの、淡々としているけど優しい口調で言いました。
私「私、行くよ。お母さんの命日に、仕事が終わったらお花を持って実家に行ってみる。お母さんにお花とお線香を供えるんだ」
大丈夫。Dが傍にいてくれるんだもん。怖くないよ。
私「一緒にいてね。Dがいてくれたら、何が起きても大丈夫な気がするんだ」
D「絶対に大丈夫さ。安心おし。僕はいつでも君の傍にいるよ」
Dはいつもの平然とした口調で言いました。私が動揺したりあたふたしたり慌てたりしているときでも、Dはいつでも平然としていて冷静なのです。そんなDの様子を見ているとなんだか私まで安心してしまうのです。
私「ありがとう」
私がお礼を言うと、Dは笑ってもう一度手に口づけを落としてくれました。
という・・・ホント暗くてすみません!!明日はパーッと明るくいきます!!
私は毎朝、洗濯物を干してから出社しているんです。出社時間が遅いからできることですね!!ダメ社会人です。毎朝天気予報を確認して、降水確率が低ければ外に干し、高ければ室内に干して出かけています。たまに天気予報がはずれて洗濯物がビショビショになっちゃうのは御愛嬌で。
ところが今朝は、母の兄弟の息子(私から見ると従兄弟であり、母の実家の本家の人間)から電話があって、それに時間を取られたので洗濯物を洗えなかったんです。そういうわけで、珍しく洗濯をせずに出社しました。
そして、会社から帰ってきた私は、朝に洗濯ができなかったことをすっかり忘れていて、いつもと同じように食事や入浴やタルパブログめぐりをしようと思ったんですが・・・
D「洗濯は良いのかい?」
私「え?」
Dからそう言われても、私は洗濯のことをすっかり忘れていたので、全然ピンときませんでした。
D「洗濯をしなくて良いのかい?」
私「なんで?朝やるからいいよ?」
D「でも、今朝はしなかったよ」
私「え?・・・あ!!」
そこで私はやっと思い出しました。
私「そうだった、今朝は洗濯できなかったんだ。D、教えてくれてありがとう」
私が忘れていたのにDは覚えていたなんて、すごいなあ。
でも、洗濯物は朝に干してお日様に当てたいので、私はそのことをDに説明することにしました。
私「教えてくれて本当にありがとうね。私、すっかり忘れていたから助かったよ。Dが教えてくれた洗濯物は、日光に当てたいから明日の朝に洗って干すことにするね」
Dはコクリとうなずいて、口元に笑みを浮かべました。
私「いつもと違う行動を取るとさ、こうやって忘れがちだよね」
D「本当に?」
え?
私「まあ、そうじゃない?いつもは朝に洗濯してるから」
D「嘘はいけないよ」
どういうこと?
私は怪訝な顔をしましたが、Dはいつもの表情のまま続けました。
D「本当は、忘れたくて忘れたんだろう?」
私「ええ?洗濯を忘れちゃったら大変だよ。まあ今夜は忘れていても、明日の朝にはいつもの習慣で洗濯をするから大丈夫だけどさ」
D「電話のことだよ」
・・・やだ、やめてよ、
D「君は、今朝の電話のことを忘れたくて、それと関係のあることも一緒に忘れたんだね。両方とも、君の記憶から不自然に抜け落ちているよ」
やめてね、それ以上、このことは・・・
私「・・・たしかに今までうっかり忘れてて、Dに言われて思い出したけど、完全に忘れてなんかないし?」
私は今朝の電話の内容を思い出して、不安で嫌な気持ちがよみがえってきました。
電話は、お母さんの命日が数日後にある(詳細は過去記事「怪談」参照)ので、その件についてのものだったんです。お母さんの位牌がある本家からの。
『今年もいらっしゃらないんですか?』
私『はい、仕事がありますから。今日もこれから仕事なので、すみませんが切って良いでしょうか・・・』
『日曜日もお仕事なんですか・・・お話したいことがあるんですけど、今日お時間取れませんか?』
私『申し訳ありませんが、今日は無理です。一日ずっと仕事なので・・・』
そうだよ、仕方無いよね、仕事があるもん。忙しいもんね。早く電話を切りたいな。早く職場に逃げたい。あそこには私の居場所があるよ。みんなのこと好きだし、みんなも私を必要としてくれてる。こんな話聞きたくないよ。お父さんになんか会いたくないし、お母さんの実家の人達にだって。ホント、私がお母さんに何をしたって言うんだろ。お母さんが私を捨てたのに、勝手に産んで、勝手に捨てて、勝手に自殺して、残した手帳に私が邪魔だったって、自分の人生の障害だったって・・・
私「・・・もうこの話はやめよ?何か別のお話しようよ。あっ、触感の訓練をしようか。D、好きでしょ?今日は本とかも読まずに、ずっとDと触感の訓練しようかな」
D「さゆ。自分の悩みに対して、見ないふりをして、気がつかないふりをしたら、それで苦しむのは君自身だよ」
私「D、やめて」
D「見ないふりをして、気がつかないふりをして、そうやって今は逃げることができても、いつかは追い詰められてしまうよ。この世で生きていく上で君が強く感じる悩みなら、この世から逃げ出しでもしない限り、永遠に逃げ続けることなどできないからね。だから、いつまでも後回しにしていないで、逃げずに立ち向かわなくてはいけないよ。逃げ回っているだけでは君の心に不安が生まれ、生まれた不安は君自身に対する不信感のもとになり、自分への不信感は自信喪失につながり、自信を喪失をすれば更に不安が生まれるのさ」
私「やめてよD」
D「不安は、君が見ないふりをしたからと言って消えるわけではないんだよ。君の視界に入らなくても、不安はいつでも君の背後にいる。君自身が振り向いて不安と対決しない限り、不安はいつまでも消せないんだよ」
私「やめてね、私のお母さんは・・・」
お母さんはもう死んで、会話もできないから、私とお母さんのわだかまりを解くなんてもうできないんだよ。もうお母さんが何を思っていたのかなんて聞けないし、私が仏壇にむかって話しかけたところで私の謝罪も罵詈雑言も何も届かないんだから。生きてる人間と話し合いするのとはワケが違うんだよ。だって話し合いにすらならないんだもん。向こうが自殺してこの世から逃げることで永遠に口を閉ざしたんだから。
・・・だから、こっちだって逃げたっていいじゃん。見ないふりをして、聞こえないふりをして、口を閉ざして、そうすれば忘れたふりができる。そうやって傷を覆い隠して、傷に触れないように生活したって、別にいいでしょ・・・傷つかないですむもん。
私「わかるでしょ、過去の傷に触れて痛い思いをしたくないの。わざわざ傷つきたくないんだよ。お願い、そっとしておいて」
私はDに説明しましたが、Dはゆっくりと首を横に振りました。
D「それは、傷つかない方法ではないよ。自分の傷に見ないふりをしているだけさ。深い傷ほど放置するのは危険だよ。時間が経過しても消えずに化膿して、いつまでも君を苦しめるからね」
Dは、いつものように私に手を差し出しました。
D「さあ、手を。大丈夫さ、僕が力を貸してあげるよ。僕は、君が君を苦しめるような行為に対して見て見ぬふりをしたくないからね。絶対に助けてあげるよ」
私「・・・・・・」
D「さゆ。手をお取り」
いつもと違って私が、Dの手に自分の手を乗せなかったので、Dが催促してきました。いつもなら、こうやってDが差し出してくれた手の上に私が手を乗せるのです。するとDは私の手に口づけを落としてくれるのです。でも、私はDの手に自分の手を乗せる気にはなれませんでした。
私「・・・放っておいてね」
私は初めてDにそんなことを言いました。一人ぼっちが寂しくて怖くてDを作ったのに、放っておいてだなんて何を言ってるんだか。でもそのときの私はそんなことも考えられないほど、自分の感情をやりくりすることだけに精一杯だったのです。
D「そんなことはしないよ。ずっと傍にいるよ。絶対に見捨てたりしないさ」
Dは静かな声で言いました。
D「さゆ。君が恐れているのは、『お母さん』でも『お父さん』でも『実家の人』でもないよ。君が恐れているのは、君の記憶の中にしかいない偽物の彼らなのさ。それは偽物の攻撃者であって、本物ではないよ。そんな偽物に苦しみ続ける必要は無いんだよ。君は、真実を直視することで偽物の苦しみから解放されるべきだよ。そのためには、実家に行って真実を知るべきなのさ。本物の彼らに対面してきちんと話をするんだ。子供の君にはできなかったけれど、大人になった今の君にならできるよ。君がずっと気になっていたことを彼らに尋ねるんだよ」
ずっと気になっていたこと。たしかに実家の人に尋ねてみたいことはあるのです。お母さんのことで色々と。お母さんが私を捨てたときどんな状況だったのかなって、本当に私のこと邪魔で嫌いなだけの気持ちだから捨てたのかなって。もしそうじゃなかったら、私すごく救われる。もしそうだったとしても、ごめんねって謝れる。わからないのが一番怖かったんだ。
それに・・・偽物って聞いて、コンビニに行った帰り道に出会った、私に向かって手をのばしてDに消されてしまった、あの綺麗なモヤのことを思い出しました。(詳細は過去記事「怪談」参照)あれはやっぱり、私が作ってしまった偽物のお母さんだったのかな、Dは教えてくれなかったけど。もしこの先も私がお母さんのことを見て見ぬふりし続けたら、ああいうのがどんどん生まれちゃうのかな・・・かわいそうなモヤが・・・
私「見ざる聞かざる言わざる。それが私の処世術だったのに。Dに会うまでは」
Dは前にも、今回と同じようなことを言って私を動揺させた。私が元彼のことを忘れようと頑張っていたときにも、今と同じようなことを言って私を驚かせたんだよ。自分の気持ちや真実に対して見ないふりや気付かないふりをして沈黙するのはいけないよって。忘れて逃げようとするのをやめて、事実をしっかり認めて克服しろって。Dはそう言って、元彼を思い出して辛いから触られたくない私に、無理矢理触ってきて、でもそのおかげで私は元彼のことを思い出しても平気になっちゃったんだ。
あのときに、なんとなく予想がついてたんだ。近いうちにDがお母さんのことも、そうやって私に突きつけてくるんじゃないかって。遅くてもお母さんの命日の前に。だって、私には時間が無いから。
お母さんのことについて言及されることが怖くもあったし、期待もしてたんだ。もしかして夏の終わりにタルパを作りはじめたときから、最初からこのことを期待していたのかもしれない。タルパの完成がお母さんの命日に間に合うかなって気にしたこともあった。お母さんの命日にタルパが一緒にいてくれたなら、お線香をあげに行くこともできるかもって、お母さんにごめんねって言えるかもって、ちょっと思った。
・・・Dが正しいよ。それにDは私のために言ってくれたんだ。自分が嫌われるかもしれないようなことを、私のために恐れずに言ってくれたんだ。そういう強いところ、本当に好きだよ。尊敬してるし感謝してる。
私「・・・D、ごめんね。ありがとう」
私がDの手の上に手を乗せると、Dはにこっと口元に笑みを浮かべて、身をかがめて私の手の上に口づけを落としました。
D「さゆが僕に謝る必要なんて無いんだよ」
Dはいつもの、淡々としているけど優しい口調で言いました。
私「私、行くよ。お母さんの命日に、仕事が終わったらお花を持って実家に行ってみる。お母さんにお花とお線香を供えるんだ」
大丈夫。Dが傍にいてくれるんだもん。怖くないよ。
私「一緒にいてね。Dがいてくれたら、何が起きても大丈夫な気がするんだ」
D「絶対に大丈夫さ。安心おし。僕はいつでも君の傍にいるよ」
Dはいつもの平然とした口調で言いました。私が動揺したりあたふたしたり慌てたりしているときでも、Dはいつでも平然としていて冷静なのです。そんなDの様子を見ているとなんだか私まで安心してしまうのです。
私「ありがとう」
私がお礼を言うと、Dは笑ってもう一度手に口づけを落としてくれました。
という・・・ホント暗くてすみません!!明日はパーッと明るくいきます!!