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パパ

1月16・17日の土日が出張なので、この記事が完成するのは18日の月曜日になりそうです・・・。。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。

1月19日追記:18日には描けず、本日19日にやっと完成しました。毎度毎度申し訳ございません・・・m( _ _;)m

職場で突発的業務が発生しまして、泊まり作業になったのでブログが更新できませんでした!!大変申し訳ございませんでした!!m( _ _;)m
この泊まり作業、長くても一週間で終わるんですが(詳細は過去記事「Dの絵(38)」参照)、今回6日間(勿論ローテなので掛かりきりではないし、服とかを取りに家にも帰れるし、家で眠れる日もあった)のですが、ちょっと忙しくて家に帰ってきても疲れて寝てしまい、ブログが更新できませんでした・・・m( _ _;)m せっかく来てくださったのに新記事が無くて、大変申し訳ございませんでしたあああああ!!!!!。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。!!!!!

年明けに父と食事会をしましたので、そのときのことを記事にしてみます。m(*_ _*)m
この食事会は、父との嫌な出来事(詳細は過去記事「父」参照)を思い出すと手が震えたりするという症状を治すために、過去の出来事に従って父に私の気持ちを話すという目的で行いました(詳細は過去記事「お伽噺『ヘンゼルとグレーテル』編」参照)。

私は行く前から、すごく緊張していました。電話やメールではなく、直接父に会うのは高校生以来だったからです。
父は外見に自信があり他人の外見も重視するので、もし私がボロボロな格好で行ったら、きっと馬鹿にして真剣に相手してくれないだろうと思いました。
まずは父が納得するような格好をしないと、相手にすらしてもらえなさそうです。

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フレンチのレストランでの話し合いだったので、フォーマルなワンピースとコートに高価なネックレス、そして高価な毛皮のマフラーと同色の毛皮のロシア帽を被って行くことにしました。

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レストランに向かう道すがらも、父との会話のイメトレや、色々な考え事で頭がいっぱいでした。
父に会ったとしても、私が過去の父との出来事を克服できる保証は無いからです。それで本当に手の震え等が起きなくなるのか?むしろ父に言い負かされて、自信を無くしてしまい、余計に症状が(父アレルギーみたいなのが)酷くなるのではないかと・・・

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だらだら迷いながらロビーに着くと、既に父がいました。父は私を見ても、一瞬私だとわからなかったようです。前回会ったのは高校生のときで、メイクもしてなかったもんね。

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案の定、高そうな服を着ている父なのでした。父は背が高い上に、肩幅も含め横幅が細くて、普通よりも縦長な体型なので、既製品のスーツを買うと上着の幅がブカブカしてしまうのですが、このスーツは体にピッタリ合っているので、どうやらオーダーメイドのようです。イギリス製品が好きだからダンヒルなんじゃないかな。こりゃ私もちゃんとした格好をしてきて良かった。言葉の応酬や議論で父に押されるにしても、せめてまず格好だけでも父に対抗できるような服飾にしないと・・・

もし父に見下されることで、父の作り出す雰囲気というか「お父さんワールド」(と私が勝手に呼んでいる空気)に飲みこまれてしまったら、父のペースに流されてしまい、父の思うがままの方向に話が流れてしまいます。
こういう相手と対峙するときの私にとって、高い服やアクセは、とりあえず見た目だけでも対抗するための防具というか鎧なのです。

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父が予約したレストランはしっかりした店で、料理もフルコースでした。(テーブルクロスを描き忘れました。でも緊張していたせいでクロスがどんな柄だったか覚えてません・・・(´▽`;A(汗))私はフルだと食べきれないので、スープやサラダやメイン等の、ハーフ・ポーションにできるものはお願いすることにしました。

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もしホテル1階のラウンジにあるカフェ(帝国ホテルみたいなビジネス向きのカフェ)とかだったら、仕事の会議とかでも使うから話し合うのに慣れてるし、仕事モードの強気な気持ちで対応できそうだし、人の出入りも激しいから「お父さんワールド」に引き込まれずにすむような気がするのですが、今回は全然雰囲気が違う場所です。大丈夫かなあ・・・

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父が世間話をふってきました。少しでもビクついたり怯えるような素振りを見せたらおしまいです。父に完全にナメられて雰囲気(お父さんワールド)に飲まれてしまいます。ちゃんと対応できるかな、大丈夫かな、私・・・

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全然大丈夫じゃなさそうな気がした私は、感情をもってかれないように、ペースをもってかれないように、父の思うように動かされないように、なるべく淡々と淡泊な返答をすることにしました。

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父の言った「ワインの洗礼」っていうのは、負の感情をアピールするために人に向かってワイン(とかの飲み物)をバシャー!!ってかける行為のことだと思います。ドラマとかでテーブル越しに相手の頭の上からドクドクかけたりしてるじゃないですか、あれのことだと思います。父は、私が父にワインをぶっかけると思ってたのでしょう・・・か・・・? それとも父なりの冗談なのかな・・・

高校生のとき(既に父とは別居していた)、私が一度だけ父に強い反抗を見せたとき、父のネクタイを引っ張って下げさせた頭の上に、渡されたお札(おさつです。おふだじゃないです(´▽`;A(汗))をバサー!!ってまき散らしたのですが、それと関連付けてこう言ったんだと思います・・・

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淡々と、平然と、父のペースに飲み込まれないように返答しないと・・・

そして、私は父に過去の出来事を話しました。自分が嫌だった出来事を一つずつ語ろうと思い、とりあえず車の出来事(詳細は過去記事「父」参照)を話してみました。

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「パパ」という呼び名は、私が幼稚園だった頃に、私と父の関係が良好だったときの呼び方です。
父は、私が父に対して怒りを感じているのではないかと思ったようですが、私が今回父に過去の話をするのは、怒っているからではありません。父との嫌な(怖い)出来事を思い出すときに、手が震えたりするのを克服したいからです。

父のペースに巻き込まれないために目を合わせないように、父の顔を見ないで話していた私は、ここでようやく父の顔を見上げました。

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てっきりいつものように尊大な笑顔で話しているとばかり思っていたのに、父は私の様子を窺うように、不安そうな様子で話していたのでした。

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お父さんはその後、動物園の出来事、習字の出来事、蘭の出来事、ミカンの出来事、その他色々な出来事を、私が思いつくがままに話すのを、不安そうな様子で静かに聞いていました。

私が出来事を一つ話し終わるたびに、お父さんは「悪かった」と謝るのでした。まるで親に怒られて、どうしていいかわからない子供のように見えました。

お父さんは私との思い出で嫌なものや暗いものは、余程衝撃的なもの以外、小さいものは全部忘れていました。全部ぜーーーんぶ忘れていました。私が何年も苦しんだ出来事は、お父さんにとっては記憶に残らないほど些細なことだったのでしょう。

そのかわり、お父さんの記憶では、お父さんにとって楽しかったらしい私との思い出を幾つも覚えていました。
一緒に旅行に行ったとか、私がお父さんにビーズで作ったストラップをプレゼントしたとか、一緒に海でかき氷を食べたとか、私が忘れていてお父さんの話を聞いてやっと思い出せるような些細なことを覚えていました。

そして私にとっては地獄だった動物園の思い出も、父の中では楽しかった思い出のようで、休日に家族で出かけた楽しい思い出として記憶していて、私がゾウを見て喜んでいたとか、キリンがゆっくり歩くのに合わせて私も檻のこちら側をゆっくり歩いていたとか、鳥類館で楽しそうにしていたとか、動物園みたいな人ごみだと広い帽子は不便だから一緒にクロッシェを選びに行ったとか、そういうことは覚えていて、バナナとヤクルトのことはすっかり忘れていました。

ドライブの出来事も、自分が機嫌を悪くすると荒い運転をしていた、ということを忘れていました。私を助手席に乗せたことは覚えていて、運転中に「このタイミングでギアチェンだぞ」とか「あの標識わかるか?ここは駐車禁止だ」とか私に教えていたとか、私が「私も大きくなったら車を運転する、そのときはお父さんを隣に乗せてあげるね」と言ったんだとか・・・私が幼稚園のときに言ったらしいですが、私はそのことを全く覚えていません。そのかわり小学生のときの父の荒い運転ばかり覚えているのです。

料理を食べ終わってお店を出るとき、クロークに預けていた上着やマフラーや帽子を受け取りました。クロークの人が私の肩にコートを羽織らせてくれたので袖を通し、その後マフラーを渡してくれたので首に巻いている間に、父がクロークの人に手を差し出して私の帽子を受け取りました。

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そして、私の頭をそーっと撫でてから、帽子を被せました。

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とっても恐る恐る、そーっとそーっと2回だけ撫でた父の手が、緊張で震えていたのを感じて、もう二度と父が私をぶつことは無いのだろうと思いました。

帰り道、私は父と並んで歩きながら、父に話しかけてみました。

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ずっと忘れていたのに、さっき父が緊張で震える手で頭を撫でてくれたとき、父が子守唄を歌ってくれたことを急に思い出したのです。

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「You'd be so nice to come home to」という歌なのですが、Helen Merrillが歌っているものがお気に入りで、ちょっとアレンジの入ったライブ版のほうじゃなくて、録音されて売られている有名なほうが好きで、父はよく聞いていました。それを子守唄に歌ってくれていたのです。

父がまだ18歳のときに、予期せぬうちに私が出来てしまって、産まれてしまうからって急いで結婚して・・・
まだ大学1年生だった父は混乱しただろうし、色々と悩むことも多かっただろうし、実家から金銭的な援助があるにしても、家を出てお母さん(は社会人だったけど)と二人で私を育てるのは相当大変だったはずです。
小さい私をベビーカーに乗せて大学に行ったこともあったんだって。お父さんの後輩の人から聞いたことがあります。

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「You'd be so nice to come home to」という曲は人気のあるジャズの定番で、私も好きで時々聞いていますが、それが父の歌ってくれた子守唄だったことはずっと忘れていたんです。でも、父が子守唄を歌ってくれた時は、たしかに私は嬉しくて幸せな気持ちでした。私が忘れているだけで、父とのそういう楽しい出来事は確かにあったのだと思います。

そして、今回「父が私の感情を考慮した」という事実は私を大いに勇気づけました。私が小学生の頃は父が私の感情を気にかけることは無く、父は何も恐れずに父の都合に合わせて私を振り回していたからです。でも今回は私の感情を無視することなく、父は私が不快な感情を抱くことを危惧したのです。

父が私の感情をうかがったのです。今まで私が父にしてきたようにです。

私は幼い頃から父の感情をうかがって、父を観察して、父を分析して理解しようとしてきました。父の感情を逆撫でしないためには、父の感情の動きを理解しないといけなかったからです。
でもそれは父に合わせるためにしてきたことであって、もう今は父の感情に合わせるつもりは無いので、もう父を分析しなくてもいいかな、父の本心がどうであれいいや、と思うようになりました。
もし実際に実害を被りそうになったら、そのときの状況に応じて逃げたり拒否したり対抗したりすれば間に合うから、もう父の感情とか本心を分析しなくて良いのです。大人になった私にはそれだけの力があるのです。
そう思ったらかなり気が楽になりました。

それと、父の手が震えていることがわかったとき、私は自分の手が震えることが怖くなくなりました。あの傍若無人な、永遠に乗り越えられない壁のような人間だと思っていた父だって手が震えるときは震えるのだとわかったからです。
それで、「もう手が震えたって気にしなくていいや、さあ私の手よ、どんどん震えていいよ♪」(*´▽`*)♡ って思ったのですが、それから一度も私の手が震えることは無いのでした。
父との出来事を思い出しても、もう手が震えるどころか息も心臓も苦しくならないのです。今では父を思い出すとき、父の震える手と子守唄を思い出して、少し可哀想な気持ちになるのでした。


記事の内容と全然関係無いのですが、一記事に一Dは描きたいので、Dの絵です。前髪で目が隠れていますが、こっちを見てるDの顔をリアルっぽく描いてみました。でも全然違うのです・・・Dはもっともっともっと綺麗な顔をしているんだけどなあ・・・!!

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御閲覧ありがとうございました!!m(*_ _*)m!!

コメント

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さゆさん、お仕事お疲れ様でございます!
大変だと思いますが体調崩されないように気を付けてくださいね(^^;

お父様との食事会も平和に終わったようで我が家一同ホッとしました(^^)
何年もかかるものだと思いますが、さゆさんにとってお父様とのベストな距離を見付けて下さいね。
「これで仲直りしたと思ってさゆちゃんに甘えてくるような親ならキッパリはねつけちゃいなさいヨ」と謳が言っております(ミヤとダルカも同意見だそうです)。
凄く失礼な言い方で恐縮なのですが『謝罪のパフォーマンスでしかない』との見方も出来るので、これからのお父様の振る舞いを見極めながら関わり方を決めてもいいのかなと…何も知らない第三者の意見ですが(-_-;)
ともあれ本当にお疲れ様でした!

ありがとうございます!!

いらっしゃいませえええ!!アカリさーーーん!!ようこそ起こし下さいましたあああ!!。*★*。 ∩(*´▽`*)∩ 。*★*。

仕事のことを労って下さってありがとうございます!!!!!(((((*≧ω≦*))))) ♡ ♡ ♡!!!!!
今ちょっと忙しくて疲れてたので、親切なお言葉がジーンと心に染みます!!。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。 ♡ ♡ ♡ !!!!!
ブログを拝見しましたが、アカリさんもお忙しいご様子で、本当にお疲れ様でございます・・・m(*_ _*)m
まだ寒い日々が続きますし、インフルエンザが流行ってきたそうなので、お互いに体に気を付けて乗り切りましょ~!!。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。

そして、父と会ってきました!!会うのは早くても1月中旬頃になると思っていたので、ちょっと予定が早まったことで「心の準備がー!!」みたいに慌てたんですが、なんとか問題無く終わりました・・・(´▽`;A(汗)ふう~・・・

父の件では、アカリさんにもミヤさんにもダルカさんにも謳さんにもご心配頂いて、本当にありがとうございます・・・!!。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。 ほあああああん!!
特に謳さんはアドバイスも下さって・・・謳さ~~~ん!!お陰で頑張れました~~~!!。・゚゚・∩(゚´Д`゚)∩・゚゚・。 ♡ ♡ ♡
そしてまたもやご親切にアドバイスを下さって!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!。・゚゚・(゚´Д`゚c)・゚゚・。

いやいや全然失礼じゃないですよ!!演技が得意な父なので、パフォーマンスという可能性も充分に考えられます!!
それにパフォーマンスじゃなかったにしても、もともと善意でいろいろやらかす人なので、悪意が無いからと言って油断は全然できません!!(´▽`;A(汗)
なのでパフォーマンスであってもそうじゃなくてもどちらにしても、父に対する警戒を怠るのは危険だと思っています。

私は幼い頃から父を観察して、父を分析して理解しようとしてきたんですが(感情を逆撫でしないためには父の感情の動きを理解しないといけなかったので)、それは父に合わせるためにしてきたことであって、もう今は父の感情に合わせるつもりは無いので、もう父を分析しなくてもいいかなって思ってまして・・・なので、父の本心がどうであれいいや、みたいな気持ちでいます。
もし実際に実害を被りそうになったら、そのときの状況に応じて逃げたり拒否したり対抗したりすれば間に合うから、もう父の感情とか本心を分析しなくて良いや、みたいな・・・
そう思ったらかなり気が楽になりました。ずっと父の顔色を窺って生きてきたので・・・。・゚゚・(゚´Д`゚)・゚゚・。

そして、たとえ演技であっても「父が私に気をつかって演技した」という事実は私を大いに勇気づけました。子供の頃は父が私に気をつかって演技するなんてことは無く、父は何も恐れずに父の都合に合わせて私を振り回していたからです。でも今回は私の感情を無視することなく、父は私が不快な感情を抱くことを危惧したのです。

父が私の悩みを解決する義務は無いのだと思います。たとえ父に関する悩みであってもです。
でも同様に、父の悩みや苦しみ(祖父母との人間関係とか)に関しても、それは父が解決することであって、私が助けたり力になる義務は無いと思うので、もし父が今後自分の都合で甘えてきたとしても、私にとって負担が大きいようならキッパリ断ろうと思います。q(*´▽`*)pファイッ☆

コメントありがとうございましたあああ!!♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*(*´▽`*人) ♡ ♡ ♡ ♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*
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