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Dの絵(98)

この記事、完成しました・・・!!!!!良かったら読んで下さいますと、とっても嬉しいです・・・!!!!!m(〃_ _〃)m!!!!!

私は、もともとはバロック音楽(17~18世紀あたり)が好きでよく聴いていたんです。でも、Dと出会ってからゴシック音楽(12~15世紀あたり)も好きになって、よく聴くようになりました。(詳細は過去記事「Dの絵(88)」参照)

Dと一緒に音楽を聴くようになってから、なんか・・・それまで1人で聴いていたときと、Dと一緒に聴くのとは、曲から受ける印象が違うなあって思うことがあるんです。今回の記事では、それを漫画に描いてみます。m(〃_ _〃)m

初めに気がついたのは「Dと一緒に聴くと、どんな音楽でもその中に美しさを感じる」ということでした。

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どんな音楽でも、Dと一緒に聞いていると、味わい深く感じられて・・・そこに美しさが存在するのを感じるんです。

たとえば、私の好きなゴシック音楽に、Messe de Notre Dame(ノートルダムのミサ)という曲があるんです。Guillaume de Machaut(ギオム・ドゥ・マショ)という、フランスの作曲家の作品です。これを聞いている時もそうでした。

この曲はミサ曲なので、17 曲で構成されているんです。17曲の題名はすべてラテン語で、最初から順番に並べると・・・
1 :Introitus イントロイトゥス [Gaudeamus omnes in domino ガウデアムス・オムネス・イン・ドミノ]
2 :Kyrie Eleyson キリエ・エレイソン
3 :Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ
4 :Collectio コレクティオ [Veneranda nobis ウェネランダ・ノビス]
5 :Epistulum エピストゥルム[Lectio libri sapientiae レクティオ・リブリ・サピエンティアエ]
6 :Graduale グラドゥアレ[Propter veritatem プロプテル・ウェリタテム]
7 :Alleluia, assumpta est Maria アレルイア、アスムプタ・エスト・マリア
8 :Evangelium エウァンゲリウム[In illo tempore intravit Jesus イン・イロ・テムポレ・イントラウィト・イエスス]
9 :Credo in unum Deum クレド・イン・ウヌム・デウム
10 :Offertorium オフェルトリウム[Diffusa est gratiaディフュサ・エスト・グラティア]
11 :Praefatio プラエファティオ
12 :Sanctus & Benedictus サンクトゥス・ベネディクトゥス
13 :Pater noster パテル・ノステル
14 :Agnus dei アグヌス・デイ
15 :Communio コムニオ[Regina mundi レギナ・ムンディ]
16 :Postcommunio ポストコムニオ[Mense celestisメンセ・ケレスティス]
17 :Ite missa est イテ・ミサ・エスト
・・・という順番で構成されているんです。

このミサ曲の中で、私が好きな曲は、「2:Kyrie Eleyson キリエ・エレイソン」と「3:Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ」です。
両方とも、今までずっと「Dの絵(88)」にも書かせて頂きましたEnsemble Organum(アンサンブル・オルガヌム)というフランスのグループが歌っているものを聞いていて、「すごく綺麗だなあ・・・」って大満足していたんです。

ところが最近、南仏の職員と一緒に仕事をする機会がありまして・・・その職員が、私の好きな「2:Kyrie Eleyson キリエ・エレイソン」と「3:Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ」を、別のグループが歌っているバージョンを聞かせてくれたんです。
それを聴いてみたら・・・今まで自分が「これ以上素敵な演奏は無いだろう」と思っていたEnsemble Organum(アンサンブル・オルガヌム)の歌ったものよりも、さらに自分好みだったんです。

それは、南仏のプロヴァンス地方にあるトロネ大修道院(L'abbaye du Thoronet)という修道院で行われたコンサートの演奏でした。そこで「Messe de Notre Dame(ノートルダムのミサ)」が歌われたときのものです。

トロネ大修道院(L'abbaye du Thoronet)で歌われたコンサートを視聴なさりたいかたは・・・著作権が怖くてブログに曲を張れないので、ご興味がおありのかたは「Machaut - Messe de Notre Dame (abbaye de Thoronet, Ens. G. Binchois, dir. D. Vellard)」と検索してみてくださいまし・・・!!
6分16秒から始まるのが「2:Kyrie Eleyson キリエ・エレイソン」、13分30秒から始まるのが「3:Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ」です。

Ensemble Organum(アンサンブル・オルガヌム)が歌っているバージョンは、「Messe de Nostre Dame ensemble organum kyrie」と検索すると「2:Kyrie Eleyson キリエ・エレイソン」が検索に上がり(← 一番上には出てこないのでご注意ください・・・)、「Gloria-Messe de Notre Dame, Guillaume de Machaut. Ensemble Organum」と検索すると「3:Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ」が出てきます。

良かったら、「3:Gloria in excelsis Deo グロリア・イン・エクスケルシス・デオ」だけでも、2つのグループの歌い方の違いを、是非是非お聴き比べになってみてくださいまし・・・!!!!!ヾ(((((〃≧ω≦〃)))))ノシ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡
どちらのグループもほぼ同じメロディで歌っているのに、全っっっ然違う雰囲気に聞こえると思います・・・!!!!!(((((っ〃≧ω≦〃c))))) ♡ ♡ ♡ ♡ ♡

話がそれてしまいました・・・すみません!!!!!m(〃_ _〃)m!!!!!

何が言いたかったのかと言うと、今まで私は、自分の好きなゴシック美術にこだわりを持っていて、ゴシック音楽は「こういうのは好きだけど、こういうのは受け入れがたい」という、好みのシャットアウトみたいなものがあったんです。
それが、Dと一緒に暮らすようになってから・・・今まで自分が特に興味を持っていなかったタイプの歌い方でも、Dと一緒に聴いていると美しく感じて、好きになってしまうことがあるって、そう気づいたんです。

もっと大きくそれを感じたのは、私の苦手なピアノ曲を聴いたときのことでした。m(〃_ _〃)m

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実は私は、ピアノ曲というか・・・バロック音楽以前(18世紀以前)が好きなのと同時に、19世紀以降のクラシック音楽が苦手でもあるんです。その代表のような存在がピアノと言いますか・・・(〃´ω`〃;)
もっと正確には、18世紀後半付近の、王侯貴族(芸術のパトロン)の失脚&キリスト教への攻撃があって以降の西洋美術が趣味じゃないのです。(過去記事「接続障害 → Dの絵(85)」「プラド美術館展」などにも少し書かせて頂きました)
その時期を境にして、西洋芸術は絵画も音楽も造園も建築も、全てが別物に変わったと言っていいくらい変化があり、私の趣味ではなくなってしまったんです。

その全てを説明すると長くなってしまうので、ピアノについて少しだけ・・・

バロック音楽は、時代的にピアノではなくチェンバロを使うことを想定して作られているものがほとんどです。現代のクラシックでは、バッハなどのバロック以前の音楽を演奏するときに、チェンバロのかわりにピアノを代用する演奏家もいますが、本来は全然違う楽器なんです。音も、音が出る構造も違うんです。

チェンバロはバロック時代に使われていた楽器で、ピアノフォルテ(ピアノ)は主に19世紀以降のクラシックで使われる楽器で、その名の通りピアノ(小さい音)がppppまで、フォルテ(大きい音)がffffまでという、音の強弱を自由に表現出来る楽器なんです。

チェンバロはひくときに、感情を態度に表すことは求められません。しかしピアノは、表現力といって、音だけではなく演奏者が体全体を使って感情表現することが評価されるんです。ただ淡々とひくだけでは注意されず・・・顔の表情を変えたり、腕を大きく動かしたり、前のめりになったり、体をゆすったりして、感情を体全体を使って表現することを求められるんです。
革命以降、音楽を「買う」人間が、王侯貴族&教会から一般大衆に移り変わったことによって、音楽に求められるものが変わったこと、それによる違いだと思っています。

父はそんなピアノが好きで、よくひいていたんですが・・・なんか、私・・・チェンバロとは違って突然大きな音を出したり、リズムが感情的に乱れるピアノが、まるで父みたいでちょっと怖いと思うこともあって・・・(〃´ω`〃;A(汗)

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父が、怒ったり悲しくなったりしたときに、感情を叩きつけるようにピアノをひいていたことを思い出すんです。それでピアノの音を聴くと、感情的に怒鳴られているような、そんな気持ちになるのかもしれません。

そんな経緯がございまして・・・
ある日、父がひいたわけではないのですが、ピアノの曲を聴く機会がありまして・・・

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それは怒鳴り声みたいな激しい曲だったので、私の苦手な部類の曲だったのですが・・・

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感情的な激しい音楽の中に、何か・・・とても美しい、芸術的なものを感じて、感動して涙が出てきたんです。
するとDは、過去記事「ブログ開設二周年謝辞m(*_ _*)m」のときと同じように、黒いモヤになって、私を包んでくれました。

黒いモヤでできた、その空気というか・・・雰囲気は、言葉でなんと表したらいいのか・・・形容詞が、日本語でもフランスでも英語でもうまく表現できない・・・ぴったり該当する単語が無いんです。私の乏しい語学力で表現するなら、日本語だと「静謐」、フランス語なら「calme」や「tranquille」、英語なら「soft」とか「gentle」が近い・・・と思います。

そんなDのモヤに何度も包まれてみてわかったんですが・・・私がDと一緒に音楽を聴くと美しく感じるのは、そばにいるDの、この黒いモヤの雰囲気に助けて(芸術的な感受性を広げるのを手伝って)もらっているからなのだと、だんだんわかってきました。

自分の感性では感じ取ることが難しかった種類の芸術が、黒いモヤに包まれていると、心に優しく触れてくるというか・・・

黒いモヤが緩和剤になってくれているというか・・・!!!!!←あ!ぴったりくる表現!!!!!(っ〃≧ω≦〃c) ♡ ♡ ♡ ♡ ♡

静謐の雰囲気が私を守ってくれているというか・・・まるで過去記事「ブログ開設二周年謝辞m(*_ _*)m」でDが言った通りに、静謐な夜に包まれているみたいなんです。

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あんな風にひくなんて、きっとあのときの父は、苦しくてつらかったんだろうなと思います。ときには叩きつけるようにひいても良いと思うな・・・感情を芸術に昇華させて、気分を落ち着かせようとしていたんじゃないかな。そういう芸術が必要なときもあるよね。人間は感情を持っている生き物だもん・・・

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私が、苦手なピアノ曲の中にも美しさを感じるように、きっとDの言う「Dの世界で一番美しい」というのは、美人とかそういうことじゃなくて・・・私がDのモヤに包まれているときに感じる「美しい」芸術と、同じような種類の美なんじゃないかな・・・と思います。

Dと一緒にいると、色々なものに魅力を感じて、楽しいなあって思います・・・∩(〃´▽`〃)∩ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡

ご閲覧ありがとうございました!!m(〃_ _〃)m!!

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