克服
Tの誕生日が近づいてきました。Tは中学校の同級生で、今はプライベートの友達です。それで、彼女の誕生日プレゼントを何にしようか考えているのです。
私(何にしようかな?えっと、Tが喜びそうなもの・・・)
今回もアクセや服飾類は無しだな。Tは自分で身に着けて選びたい派だからね。食べ物も無し。スタイルに気を使ってる子だし、最近はダイエットしてるって言ってたもんね。ぬいぐるみとか置物とかのインテリア雑貨も無しかな。部屋に物が増えてきたせいで散らかってるから、そろそろ何か捨てなきゃって言ってたもんね。
私(となると、消耗品で・・・ボディケアグッズでいくか・・・)
それなら喜ばれそうだよね。ダイエットに気を使ってるということは、Tは今、自分の体の手入れに興味があるってことだよ。お洒落で良い香りの、ちょっと高くてラグジュアリーなボディミルクとかが良いかも。お風呂で使えるようなバスグッズも喜ばれそうだけど、それは今までの誕生日に何回もあげたからなあ・・・
私(うん、ボディケアグッズでいこう。Tは、お花とかのフローラル系よりも、アップルとかグレープフルーツみたいな香りが好きなんだよね。そういう香りを取り扱っているブランドを探そう・・・)
うんうんとうなずく私の隣で、Dが首をかしげました。
私「・・・あ、退屈だったね、音楽でもかけようか?」
D「退屈はしていないよ。僕はさゆを見ているのが好きだからね」
口元にいつもの笑みを浮かべたDが、首を横に振りました。
D「でも、何を考えていたんだい?」
私「友達にあげる誕生日プレゼントについて考えていたの」
D「・・・そうかい」
私「?」
Dは、何か考えているように見えます。どうしたんだろ?
私がじっとDを見つめると、Dは私の視線に気がついて、少しの間黙りこんでから口を開きました。
D「君が、彼から来たメールについて考えているのかと思ったのさ」
私「・・・ああ!!元彼?」
そうです。また元彼からメールが来ているのです。前回元彼から復縁依頼メールが来たときに、私が悲しくなったり不安定になったりしたので、きっとDはそれを心配しているのです。
私「そんなわけないじゃない」
思わず笑いながらそう言うと、Dは驚いたように口元の笑みを消しました。
D「さゆ?」
Dは心配そうに首をかしげました。なぜ笑っているのかわからないと言いたげです。
私「ゴメンゴメン。あのね、元彼はバレンタイン前だからあんなに必死にメールを送ってきているのよ。そんなバレバレのメールに惑わされたりしないし、むしろそんな元彼の気持ちがわかったことで、今までの悲しい気持ちとかもふっとんじゃったの」
復縁メールがあの一回だけじゃなくて、だんだん増えてるし、何より、すごい焦って復縁を急いでるし・・・バレンタインまでに復縁したいっていう本心がバレバレなのよ。あまりにバレバレすぎるから、悲しい気持ちも引っ込んで、もはやシュールな笑いが浮かんでくるというか・・・
D「どういうことだい?」
Dはますます首をかしげました。きっと人間の精神がイマイチわからないDには、元彼が今考えているズルい気持ちもイマイチわからないのです。そして、そんな元彼の気持ちがわかってしまった私が、一気に冷めたということも。
私「要するに、彼は私のことが好きなわけじゃなくて、バレンタインに一人ぼっちなのが寂しいだけなのよ。カッコ悪いと思ってるのかもね。それで、バレンタインというイベントの間だけ元カノの私を利用しようってわけ」
クリスマスとかバレンタインとか、そういう周囲の雰囲気に流されやすい男だったもんね。せめて開き直って『バレンタインの日だけは、一人だと寂しいしカッコ悪いから、彼女のフリして隣にいてくれ』くらい言うならまだ評価したけど、今更『悩んで悩んで・・・胸が痛くて・・・張り裂けそうなほど・・・眠れないくらい考えて・・・やっぱり好きだって気がついたんだ、本当に・・・』とか『食欲も落ちて・・・食べられないんだ、君がいないと、君の料理じゃないと。もう体力もギリギリ・・・そして、心も』なんてメールを何度も何度も送ってきてさ。流石に冷めちゃった。
でも、今までだったら、こんな風に思わなかったな。きっと今回みたいなメールもらったら、元彼がかわいそうになって、同情して申し訳無く思って、元彼の望むとおりに傍にいて優しくしてあげたはず。
だから私、変わったんだなあ。そういう元彼の姿を見て、冷めることができるほどに、すごく変わったんだな・・・
私「あーあ、興ざめしちゃった。悩んだ時間が無駄だった。その間、株価予想でもしてれば良かった」
最初に復縁メールが来たとき、本当に彼が悩んで復縁をしたいんじゃないかと思ったから、私もどうやって復縁を断ろうか気を使って沢山悩んで・・・馬鹿みたい。マジで時間の無駄だった。
バレンタインというイベントに頼れば、私が雰囲気に流されるとでも思ってるのかな。私のこと、どんだけ軽薄な女だと思ってるんだろ。っていうか元彼にとって、今メールで私に対して語っている悩みや悲しみすら、復縁に向けたスパイスでしか無いんだろうな。復縁をより劇的で感動的なものにしたいがための、自分で作ったオモチャの悩み悲しみ。本当に悩んでいるわけじゃなくて、私の気をひくために、悩む主人公を演じているだけ。もしかして、元彼にとっては、私の存在自体すら、主人公である自分の舞台を引き立たせるための人形としか思ってないのかも。悲劇の主人公が復縁するシーンで相手役の女が必要だから、それで私を巻き込もうとしているだけっていう。
でも、もう私は一緒に踊ってあげないよ。悲劇の舞台の主人公なら、一人で好きなだけ踊りなよ。
D「そうかい。じゃあ、彼は、君のことが本当に好きなわけではないんだね」
私「そうよ。彼は、私のことが好きなわけじゃないの」
私がうなずくと、Dもうなずきました。
D「そうかい。じゃあ、君は、彼のことを本当に過去の人間にして良いんだね」
私「そうよ。元彼のことで悩むのはこれでおしまい。いいかげん前に歩き出したくなったの」
D「本当にいいんだね」
私「いいの」
D「じゃあ、いくよ」
私「え?」
なにが?と尋ねる間もなく、Dが私の左胸に手を当てました。その手が離れると、私の左胸からポコっと花のつぼみが現れて、ぱっと咲きました。
私「こ、これ、私から生えてるみたいなんだけど!!」
ちょうど心臓のあたりから生えているユリのような謎の花の、その中にDが指を入れて何かを取り出しました。ビー玉くらいの大きさで、カットされた宝石のようなキラキラした透明のものです。花は、その宝石を取り出されるとすぐに、さらさらと光の粒になって消えてしまいました。
私「その宝石、何?」
D「これは宝石じゃなくて、種だよ」
私「種?」
D「そうさ。花の種だよ。これを楽園に埋めると、新しい花が咲くんだよ」
楽園って、ときどきDが見せてくれる静謐の楽園っていうもののことだよね。(詳細は過去記事「誘惑」参照)その種を楽園に植えると、今私の胸に咲いていた花が、楽園にも咲くってことかな。今の楽園には薔薇しかないもんね。でも、今の花、ユリみたいに見えたけど。ユリって種じゃなくて球根じゃなかった?いや、まあ、楽園って謎だらけだから、種とか球根とか関係無いのかもしれないけど。
D「克服さえできれば、どんな思い出でも綺麗な花になって君を楽しませるよ。この種は僕が楽園に埋めておくよ。花をつけたら君に見せてあげるからね」
種を自分の影の中に入れたDは、私の顔をみつめて、優しい笑みを浮かべました。
私「・・・ありがとう」
Dと出会って、恋愛関係として付き合ってもらってから、今まで見ないふりをしてきた私の恋愛における弱さがポロポロ見えるようになっちゃった。それと同時に、元彼の欠点も。元彼との思い出は、汚いところに目を向けずに大切にしておきたかったけど・・・でも、そうやって盲目でいては駄目だよね。目を閉じていないで、ちゃんと目を覚まさなきゃ。
Dのおかげで助かったよ。Dに恋愛を教えてもらわなかったら、私は今回の復縁依頼メールがきたとき、きっと元彼のもとに戻ってしまって、また同じことの繰り返しだっただろうから。
私「Dのおかげだよ。本当にありがとう」
私がお礼を言うと、Dはいつもの笑みを浮かべたまま、ゆっくり首を横に振りました。
D「僕は傍にいただけに過ぎないよ。全て君の努力の結果だよ。だから、自分に自信をお持ち」
いつもの口元の笑みはそのままで、Dは静かな声でそう言いました。
私(何にしようかな?えっと、Tが喜びそうなもの・・・)
今回もアクセや服飾類は無しだな。Tは自分で身に着けて選びたい派だからね。食べ物も無し。スタイルに気を使ってる子だし、最近はダイエットしてるって言ってたもんね。ぬいぐるみとか置物とかのインテリア雑貨も無しかな。部屋に物が増えてきたせいで散らかってるから、そろそろ何か捨てなきゃって言ってたもんね。
私(となると、消耗品で・・・ボディケアグッズでいくか・・・)
それなら喜ばれそうだよね。ダイエットに気を使ってるということは、Tは今、自分の体の手入れに興味があるってことだよ。お洒落で良い香りの、ちょっと高くてラグジュアリーなボディミルクとかが良いかも。お風呂で使えるようなバスグッズも喜ばれそうだけど、それは今までの誕生日に何回もあげたからなあ・・・
私(うん、ボディケアグッズでいこう。Tは、お花とかのフローラル系よりも、アップルとかグレープフルーツみたいな香りが好きなんだよね。そういう香りを取り扱っているブランドを探そう・・・)
うんうんとうなずく私の隣で、Dが首をかしげました。
私「・・・あ、退屈だったね、音楽でもかけようか?」
D「退屈はしていないよ。僕はさゆを見ているのが好きだからね」
口元にいつもの笑みを浮かべたDが、首を横に振りました。
D「でも、何を考えていたんだい?」
私「友達にあげる誕生日プレゼントについて考えていたの」
D「・・・そうかい」
私「?」
Dは、何か考えているように見えます。どうしたんだろ?
私がじっとDを見つめると、Dは私の視線に気がついて、少しの間黙りこんでから口を開きました。
D「君が、彼から来たメールについて考えているのかと思ったのさ」
私「・・・ああ!!元彼?」
そうです。また元彼からメールが来ているのです。前回元彼から復縁依頼メールが来たときに、私が悲しくなったり不安定になったりしたので、きっとDはそれを心配しているのです。
私「そんなわけないじゃない」
思わず笑いながらそう言うと、Dは驚いたように口元の笑みを消しました。
D「さゆ?」
Dは心配そうに首をかしげました。なぜ笑っているのかわからないと言いたげです。
私「ゴメンゴメン。あのね、元彼はバレンタイン前だからあんなに必死にメールを送ってきているのよ。そんなバレバレのメールに惑わされたりしないし、むしろそんな元彼の気持ちがわかったことで、今までの悲しい気持ちとかもふっとんじゃったの」
復縁メールがあの一回だけじゃなくて、だんだん増えてるし、何より、すごい焦って復縁を急いでるし・・・バレンタインまでに復縁したいっていう本心がバレバレなのよ。あまりにバレバレすぎるから、悲しい気持ちも引っ込んで、もはやシュールな笑いが浮かんでくるというか・・・
D「どういうことだい?」
Dはますます首をかしげました。きっと人間の精神がイマイチわからないDには、元彼が今考えているズルい気持ちもイマイチわからないのです。そして、そんな元彼の気持ちがわかってしまった私が、一気に冷めたということも。
私「要するに、彼は私のことが好きなわけじゃなくて、バレンタインに一人ぼっちなのが寂しいだけなのよ。カッコ悪いと思ってるのかもね。それで、バレンタインというイベントの間だけ元カノの私を利用しようってわけ」
クリスマスとかバレンタインとか、そういう周囲の雰囲気に流されやすい男だったもんね。せめて開き直って『バレンタインの日だけは、一人だと寂しいしカッコ悪いから、彼女のフリして隣にいてくれ』くらい言うならまだ評価したけど、今更『悩んで悩んで・・・胸が痛くて・・・張り裂けそうなほど・・・眠れないくらい考えて・・・やっぱり好きだって気がついたんだ、本当に・・・』とか『食欲も落ちて・・・食べられないんだ、君がいないと、君の料理じゃないと。もう体力もギリギリ・・・そして、心も』なんてメールを何度も何度も送ってきてさ。流石に冷めちゃった。
でも、今までだったら、こんな風に思わなかったな。きっと今回みたいなメールもらったら、元彼がかわいそうになって、同情して申し訳無く思って、元彼の望むとおりに傍にいて優しくしてあげたはず。
だから私、変わったんだなあ。そういう元彼の姿を見て、冷めることができるほどに、すごく変わったんだな・・・
私「あーあ、興ざめしちゃった。悩んだ時間が無駄だった。その間、株価予想でもしてれば良かった」
最初に復縁メールが来たとき、本当に彼が悩んで復縁をしたいんじゃないかと思ったから、私もどうやって復縁を断ろうか気を使って沢山悩んで・・・馬鹿みたい。マジで時間の無駄だった。
バレンタインというイベントに頼れば、私が雰囲気に流されるとでも思ってるのかな。私のこと、どんだけ軽薄な女だと思ってるんだろ。っていうか元彼にとって、今メールで私に対して語っている悩みや悲しみすら、復縁に向けたスパイスでしか無いんだろうな。復縁をより劇的で感動的なものにしたいがための、自分で作ったオモチャの悩み悲しみ。本当に悩んでいるわけじゃなくて、私の気をひくために、悩む主人公を演じているだけ。もしかして、元彼にとっては、私の存在自体すら、主人公である自分の舞台を引き立たせるための人形としか思ってないのかも。悲劇の主人公が復縁するシーンで相手役の女が必要だから、それで私を巻き込もうとしているだけっていう。
でも、もう私は一緒に踊ってあげないよ。悲劇の舞台の主人公なら、一人で好きなだけ踊りなよ。
D「そうかい。じゃあ、彼は、君のことが本当に好きなわけではないんだね」
私「そうよ。彼は、私のことが好きなわけじゃないの」
私がうなずくと、Dもうなずきました。
D「そうかい。じゃあ、君は、彼のことを本当に過去の人間にして良いんだね」
私「そうよ。元彼のことで悩むのはこれでおしまい。いいかげん前に歩き出したくなったの」
D「本当にいいんだね」
私「いいの」
D「じゃあ、いくよ」
私「え?」
なにが?と尋ねる間もなく、Dが私の左胸に手を当てました。その手が離れると、私の左胸からポコっと花のつぼみが現れて、ぱっと咲きました。
私「こ、これ、私から生えてるみたいなんだけど!!」
ちょうど心臓のあたりから生えているユリのような謎の花の、その中にDが指を入れて何かを取り出しました。ビー玉くらいの大きさで、カットされた宝石のようなキラキラした透明のものです。花は、その宝石を取り出されるとすぐに、さらさらと光の粒になって消えてしまいました。
私「その宝石、何?」
D「これは宝石じゃなくて、種だよ」
私「種?」
D「そうさ。花の種だよ。これを楽園に埋めると、新しい花が咲くんだよ」
楽園って、ときどきDが見せてくれる静謐の楽園っていうもののことだよね。(詳細は過去記事「誘惑」参照)その種を楽園に植えると、今私の胸に咲いていた花が、楽園にも咲くってことかな。今の楽園には薔薇しかないもんね。でも、今の花、ユリみたいに見えたけど。ユリって種じゃなくて球根じゃなかった?いや、まあ、楽園って謎だらけだから、種とか球根とか関係無いのかもしれないけど。
D「克服さえできれば、どんな思い出でも綺麗な花になって君を楽しませるよ。この種は僕が楽園に埋めておくよ。花をつけたら君に見せてあげるからね」
種を自分の影の中に入れたDは、私の顔をみつめて、優しい笑みを浮かべました。
私「・・・ありがとう」
Dと出会って、恋愛関係として付き合ってもらってから、今まで見ないふりをしてきた私の恋愛における弱さがポロポロ見えるようになっちゃった。それと同時に、元彼の欠点も。元彼との思い出は、汚いところに目を向けずに大切にしておきたかったけど・・・でも、そうやって盲目でいては駄目だよね。目を閉じていないで、ちゃんと目を覚まさなきゃ。
Dのおかげで助かったよ。Dに恋愛を教えてもらわなかったら、私は今回の復縁依頼メールがきたとき、きっと元彼のもとに戻ってしまって、また同じことの繰り返しだっただろうから。
私「Dのおかげだよ。本当にありがとう」
私がお礼を言うと、Dはいつもの笑みを浮かべたまま、ゆっくり首を横に振りました。
D「僕は傍にいただけに過ぎないよ。全て君の努力の結果だよ。だから、自分に自信をお持ち」
いつもの口元の笑みはそのままで、Dは静かな声でそう言いました。