新月
夜のとばりが幕を下ろし、静けさがあたりを支配する頃、うす暗い外灯に照らされた道には、人通りもほとんど無くなっています。朝の賑やかさとは大違いだね。誰もいない信号がチカチカして、停まらされた車が一台。
そのまぶしいヘッドライトが私を照らし、私の影が長く伸びたとき、背後から優しい声で囁かれました。
D「さゆ、今夜は新月だよ」
月の無い夜です。
カツンカツンと私のハイヒールが、静かな道に孤独な音を響かせます。その背後からついてくる静かな足音は、Dの立てる足音です。黒い衣服に身を包み、大鎌を持って口元に笑みを浮かべる、いつも通りのDです。
もしDが他の人にも見えていたら、今の私は死神に後をつけられている哀れな犠牲者に見えるんだろうな・・・
D「ここは冷えるから、さゆの体に良くないよ。それに夜道は危険だから、なるべく早く帰ろうね」
・・・って、こんな風に体調や命を心配してくれる死神なんているわけないけどね!!
私(うーん、お返事してあげたいけど、人通りが少ないとはいえ少しはいるから、独り言を呟きながら歩く変な人だと思われちゃうからなあ・・・筆談をするための携帯は鞄の奥に入っちゃってるし・・・)
D「マカロン」
それ昨日のアレでしょ!?私が喜ぶと思って言ってるんだよね!?(詳細は過去記事「お菓子」参照)かわいいい!!こんなかわいいことしてくれる死神なんているわけないよおおお!!
あっ、もしかして、私が今お返事しなかったから、私に元気が無いんだと勘違いして『マカロン』って言ってくれたのかな。それなら早く部屋に帰って、Dに『大丈夫だよ、お返事できなくてごめんね』って言ってあげなくちゃ。急いで走って帰ろう!!えいっ!!
最近運動不足の怠惰な生活をしていたくせに、私は走り出しました。久しぶりに走ると気持ち良いな。といってもアパートはすぐそこです。ほんの30メートル先です。なので、すぐにエントランスホールに駆け込むことができました。
ハア、ハア、ハア、ふうー。最近運動することが無かったから、体がなまってるみたい。また社交ダンスを始めようかな。って、しまった!!Dを置いてきちゃったかも!?
くるっと後ろを振り返ると、Dは涼しげな表情で私の後ろに立っていました。
D「僕が早く帰ろうと言ったから急いだのかい?仕事で疲れているのに、無理しなくて良いんだよ」
いつも通りの笑みを浮かべて冷静に話すDは、息一つ乱れていません。そっか、Dは人間じゃないもんね。
私「心配してくれてありがとう。さっきはお返事できなくてごめんね。携帯、鞄の奥に入っちゃってて。道には通行人がいてDとお話できないから、早く話したくて急いだの」
D「そんなことを気にしてくれていたのかい。返事ができないときは、しなくて構わないんだよ。でも、さゆは優しいね。嬉しいよ。ありがとう」
そんなことを話しながら、ポストの中身を出して、エレベーターに乗りました。
・・・さっきの全力疾走、もし他の人にもDが見えていたら、私は死神に追いかけられてめっちゃ逃げてる人に見えたんだろうなあ。物騒な光景だね!!
私「ふ~、ようやくDとゆっくりお喋りできるよ。嬉しいな~」
アパートの部屋に帰ってきた私は、Dに話しかけました。
私「そう言えばさっきD、今日は新月だって言ってたよね」
Dは私と知識を共有しているので、私が月齢カレンダーを見て知っている満月と新月の日は、Dも知っているのです。
私「新月だと、どういうこと?何か起きるの?」
D「別に、何も起きないよ」
Dはいつも通りの表情で答えました。以前Dは、自分は月の満ち欠けは全く関係無い種族だと言っていたし(詳細は過去記事「嘘」参照)、今回も、話のネタ程度に新月の話題を出しただけみたい。
私「そっか、Dは月とは関係無いって言ってたもんね。新月も関係無いよね」
D「新月は、僕と君が初めて出会った夜の月だよ」
私「え!?」
D「僕達は、月の無い夜に出会ったのさ」
ちょ、ちょっと!!そうなの!?新月、私達にめっちゃ関係あるじゃん!!っていうか、そこだけは本当の話だったの!?た、たしかにそこは嘘って言われなかったけど、あの話の流れだと全部嘘だと思っちゃうでしょ!?
私「よし、何かしよう。毎月、新月の日には何かすることにしよう」
Dは儀式めいた行動が好きだから(詳細は過去記事「タルパを作ったときの話8(名前)」参照)、新月の日には誓いの儀式みたいなのをしたら良いんじゃないかな。気分を出すためにロウソクとかに火をつけてさ。
D「いいね。キスなんてどうだい」
どうやらDも乗り気のようです。私はタンスをガタガタ言わせながらロウソクを探しました。あったあった。以前、花火をするときに買った残りがあるんだよね。このロウソクを出窓のところに、なんか儀式風に、悪魔系の映画とかで見た魔法陣みたいな感じで五角系に並べて・・・
D「さゆ、それは何だい?」
あやしい儀式みたいなロウソクの並べ方をした私に、Dがストップを入れてきました。
D「それはやめて、キャンドルホルダーに入ったロウソクにするといいよ」
私「なんか、こっちのほうが雰囲気出るじゃない?」
D「どういう雰囲気だい・・・雰囲気なら、僕が幻視を操って作ってあげるから、安定の悪いロウソクを何本も立てるのはおやめ。危ないよ」
私「他のロウソクから落としたロウで足場を固めてから火を付ければ大丈夫だって。あっ、もしかして、こういうことすると何かを呼び出しちゃうとか?」
D「ロウソクを星形に並べたくらいでは何も起きないよ。ただ、倒れたら危ないから・・・ね、可愛いさゆ。僕の眠り姫。危ないからおやめ」
途中から甘くて優しい声に変えたDが、そっとキスをくれました。羽のようにふわっと優しく触れてきた唇が、すぐに頭を傾けて、とろける舌を入れてきました。角度を変えて、いやらしく絡みつく舌が、気持ちよくて頭がぼーっとするような、温かく濡れたキスです。
私「はい・・・危ないからやめます・・・」
唇が離れたあと、私は、ぼーっとしながらアッサリと引き下がりました。最初から引き下がりたまえよ!!どう考えてもDが正しいでしょ!!裸のロウソクなんて出窓に立てて、倒れたらどーすんの!!
結局、ステンドグラスのキャンドルホルダーに入った普通のキャンドルに火をつけることにしました。電気を消した暗い室内で、キャンドルの明かりだけが、温かく揺れています。
私「最初からこうすべきでした。D、ワガママ言ってごめんね」
D「さゆの我儘は好きだよ。謝らなくていいよ」
Dはくすくす笑っています。
私「・・・ねえD、新月の夜はね、月のある夜よりも星が綺麗に見えるんだって。普段は月の光に消されて見えづらいような星でも、月の無い暗闇の中では綺麗に見えるんだって。私達が初めて出会った夜も、きっと普段よりずっと綺麗な星々が夜空に輝いていたんだろうね」
私はカーテンを開けてみました。きっと空は満点の星でロマンチック・・・
私「・・・が、外灯の明かりで、星とか全然見えない・・・」
窓の外にデーンと光る外灯の明かりが、とっても明るく頼もしい光を振りまいています。ちなみにこの外灯、防犯面及び機能面において、いつもすごくお世話になっている光です。
D「この部屋は、外灯が近いからね」
でも、もし外灯が無かったとしても、街の明かりが多い都心では、月の有無は星の輝きにあまり関係無いのかもしれないね。山奥とかの暗い場所だったら、月の有無が星の見やすさに影響するんだろうけど。
私「ゴメン。私、ロマンチックな前振りしておいて、ムードぶち壊して本当にゴメン・・・私ってば、ホントもう・・・」
恥ずかしくなった私は、急いでカーテンを閉めました。上げてから落とすほど暴落することって無いよね。すごいロマンチックで思わせぶりなことを言っておいて、この落としっぷりときたら・・・ギャグじゃん・・・私のせいで、ロマンチックどころか一気にギャグまで下がっちゃった。ゴメンねD。
D「星をご所望かい?」
その瞬間、部屋の天井や壁一面に天体が広がりました。まるでプラネタリウムのようです。
私「!?」
Dって、こんなこともできるんだ。なんか、足元に薔薇が咲いてるし・・・ってことは、これは静謐の楽園?これは静謐の楽園の夜ってことなのかな。
私「綺麗だね・・・」
D「さゆのほうがずっと綺麗だよ」
私の前に歩いてきたDが、私の髪に薔薇の花を飾ってくれました。私はうつむいて真っ赤になりました。
D「さあ、新月の儀式を始めようか。誓いの言葉と口づけで、僕達の永遠の絆を誓うんだよ」
Dが手を差し伸べてくれました。その手の上に私が手を置くと、Dはお辞儀をするように身をかがめて、手の甲にキスをくれるのでした。
そのまぶしいヘッドライトが私を照らし、私の影が長く伸びたとき、背後から優しい声で囁かれました。
D「さゆ、今夜は新月だよ」
月の無い夜です。
カツンカツンと私のハイヒールが、静かな道に孤独な音を響かせます。その背後からついてくる静かな足音は、Dの立てる足音です。黒い衣服に身を包み、大鎌を持って口元に笑みを浮かべる、いつも通りのDです。
もしDが他の人にも見えていたら、今の私は死神に後をつけられている哀れな犠牲者に見えるんだろうな・・・
D「ここは冷えるから、さゆの体に良くないよ。それに夜道は危険だから、なるべく早く帰ろうね」
・・・って、こんな風に体調や命を心配してくれる死神なんているわけないけどね!!
私(うーん、お返事してあげたいけど、人通りが少ないとはいえ少しはいるから、独り言を呟きながら歩く変な人だと思われちゃうからなあ・・・筆談をするための携帯は鞄の奥に入っちゃってるし・・・)
D「マカロン」
それ昨日のアレでしょ!?私が喜ぶと思って言ってるんだよね!?(詳細は過去記事「お菓子」参照)かわいいい!!こんなかわいいことしてくれる死神なんているわけないよおおお!!
あっ、もしかして、私が今お返事しなかったから、私に元気が無いんだと勘違いして『マカロン』って言ってくれたのかな。それなら早く部屋に帰って、Dに『大丈夫だよ、お返事できなくてごめんね』って言ってあげなくちゃ。急いで走って帰ろう!!えいっ!!
最近運動不足の怠惰な生活をしていたくせに、私は走り出しました。久しぶりに走ると気持ち良いな。といってもアパートはすぐそこです。ほんの30メートル先です。なので、すぐにエントランスホールに駆け込むことができました。
ハア、ハア、ハア、ふうー。最近運動することが無かったから、体がなまってるみたい。また社交ダンスを始めようかな。って、しまった!!Dを置いてきちゃったかも!?
くるっと後ろを振り返ると、Dは涼しげな表情で私の後ろに立っていました。
D「僕が早く帰ろうと言ったから急いだのかい?仕事で疲れているのに、無理しなくて良いんだよ」
いつも通りの笑みを浮かべて冷静に話すDは、息一つ乱れていません。そっか、Dは人間じゃないもんね。
私「心配してくれてありがとう。さっきはお返事できなくてごめんね。携帯、鞄の奥に入っちゃってて。道には通行人がいてDとお話できないから、早く話したくて急いだの」
D「そんなことを気にしてくれていたのかい。返事ができないときは、しなくて構わないんだよ。でも、さゆは優しいね。嬉しいよ。ありがとう」
そんなことを話しながら、ポストの中身を出して、エレベーターに乗りました。
・・・さっきの全力疾走、もし他の人にもDが見えていたら、私は死神に追いかけられてめっちゃ逃げてる人に見えたんだろうなあ。物騒な光景だね!!
私「ふ~、ようやくDとゆっくりお喋りできるよ。嬉しいな~」
アパートの部屋に帰ってきた私は、Dに話しかけました。
私「そう言えばさっきD、今日は新月だって言ってたよね」
Dは私と知識を共有しているので、私が月齢カレンダーを見て知っている満月と新月の日は、Dも知っているのです。
私「新月だと、どういうこと?何か起きるの?」
D「別に、何も起きないよ」
Dはいつも通りの表情で答えました。以前Dは、自分は月の満ち欠けは全く関係無い種族だと言っていたし(詳細は過去記事「嘘」参照)、今回も、話のネタ程度に新月の話題を出しただけみたい。
私「そっか、Dは月とは関係無いって言ってたもんね。新月も関係無いよね」
D「新月は、僕と君が初めて出会った夜の月だよ」
私「え!?」
D「僕達は、月の無い夜に出会ったのさ」
ちょ、ちょっと!!そうなの!?新月、私達にめっちゃ関係あるじゃん!!っていうか、そこだけは本当の話だったの!?た、たしかにそこは嘘って言われなかったけど、あの話の流れだと全部嘘だと思っちゃうでしょ!?
私「よし、何かしよう。毎月、新月の日には何かすることにしよう」
Dは儀式めいた行動が好きだから(詳細は過去記事「タルパを作ったときの話8(名前)」参照)、新月の日には誓いの儀式みたいなのをしたら良いんじゃないかな。気分を出すためにロウソクとかに火をつけてさ。
D「いいね。キスなんてどうだい」
どうやらDも乗り気のようです。私はタンスをガタガタ言わせながらロウソクを探しました。あったあった。以前、花火をするときに買った残りがあるんだよね。このロウソクを出窓のところに、なんか儀式風に、悪魔系の映画とかで見た魔法陣みたいな感じで五角系に並べて・・・
D「さゆ、それは何だい?」
あやしい儀式みたいなロウソクの並べ方をした私に、Dがストップを入れてきました。
D「それはやめて、キャンドルホルダーに入ったロウソクにするといいよ」
私「なんか、こっちのほうが雰囲気出るじゃない?」
D「どういう雰囲気だい・・・雰囲気なら、僕が幻視を操って作ってあげるから、安定の悪いロウソクを何本も立てるのはおやめ。危ないよ」
私「他のロウソクから落としたロウで足場を固めてから火を付ければ大丈夫だって。あっ、もしかして、こういうことすると何かを呼び出しちゃうとか?」
D「ロウソクを星形に並べたくらいでは何も起きないよ。ただ、倒れたら危ないから・・・ね、可愛いさゆ。僕の眠り姫。危ないからおやめ」
途中から甘くて優しい声に変えたDが、そっとキスをくれました。羽のようにふわっと優しく触れてきた唇が、すぐに頭を傾けて、とろける舌を入れてきました。角度を変えて、いやらしく絡みつく舌が、気持ちよくて頭がぼーっとするような、温かく濡れたキスです。
私「はい・・・危ないからやめます・・・」
唇が離れたあと、私は、ぼーっとしながらアッサリと引き下がりました。最初から引き下がりたまえよ!!どう考えてもDが正しいでしょ!!裸のロウソクなんて出窓に立てて、倒れたらどーすんの!!
結局、ステンドグラスのキャンドルホルダーに入った普通のキャンドルに火をつけることにしました。電気を消した暗い室内で、キャンドルの明かりだけが、温かく揺れています。
私「最初からこうすべきでした。D、ワガママ言ってごめんね」
D「さゆの我儘は好きだよ。謝らなくていいよ」
Dはくすくす笑っています。
私「・・・ねえD、新月の夜はね、月のある夜よりも星が綺麗に見えるんだって。普段は月の光に消されて見えづらいような星でも、月の無い暗闇の中では綺麗に見えるんだって。私達が初めて出会った夜も、きっと普段よりずっと綺麗な星々が夜空に輝いていたんだろうね」
私はカーテンを開けてみました。きっと空は満点の星でロマンチック・・・
私「・・・が、外灯の明かりで、星とか全然見えない・・・」
窓の外にデーンと光る外灯の明かりが、とっても明るく頼もしい光を振りまいています。ちなみにこの外灯、防犯面及び機能面において、いつもすごくお世話になっている光です。
D「この部屋は、外灯が近いからね」
でも、もし外灯が無かったとしても、街の明かりが多い都心では、月の有無は星の輝きにあまり関係無いのかもしれないね。山奥とかの暗い場所だったら、月の有無が星の見やすさに影響するんだろうけど。
私「ゴメン。私、ロマンチックな前振りしておいて、ムードぶち壊して本当にゴメン・・・私ってば、ホントもう・・・」
恥ずかしくなった私は、急いでカーテンを閉めました。上げてから落とすほど暴落することって無いよね。すごいロマンチックで思わせぶりなことを言っておいて、この落としっぷりときたら・・・ギャグじゃん・・・私のせいで、ロマンチックどころか一気にギャグまで下がっちゃった。ゴメンねD。
D「星をご所望かい?」
その瞬間、部屋の天井や壁一面に天体が広がりました。まるでプラネタリウムのようです。
私「!?」
Dって、こんなこともできるんだ。なんか、足元に薔薇が咲いてるし・・・ってことは、これは静謐の楽園?これは静謐の楽園の夜ってことなのかな。
私「綺麗だね・・・」
D「さゆのほうがずっと綺麗だよ」
私の前に歩いてきたDが、私の髪に薔薇の花を飾ってくれました。私はうつむいて真っ赤になりました。
D「さあ、新月の儀式を始めようか。誓いの言葉と口づけで、僕達の永遠の絆を誓うんだよ」
Dが手を差し伸べてくれました。その手の上に私が手を置くと、Dはお辞儀をするように身をかがめて、手の甲にキスをくれるのでした。